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第一次世界大戦において休戦条約は、ドイツ側の降伏という形を取らなかったから、...

tom********さん

2017/12/1322:01:37

第一次世界大戦において休戦条約は、ドイツ側の降伏という形を取らなかったから、ドイツ国民が敗戦を認識せず、第二次世界大戦に繋がったとWikipediaに書いてありましたが、具体的にどういうことですか?

第一次世界大戦ではドイツは戦場にならなかったということでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

fig********さん

編集あり2017/12/1420:57:32

ドイツ国民の多くは敗北したとは思っていませんでした

特に東部戦線のドイツ軍将兵はそうでした

日本では勘違いされている方が多いのですが

東部戦線でロシアの革命政権は事実上、ドイツに降伏しているのです

ウクライナ、ベラルーシ、エストニア、ラトビア、リトアニア、フィンランドの放棄と賠償金支払いを受諾したのですから

ケレンスキー攻勢が失敗してからはロシア側は散々でした
リガ(現ラトビア首都)でドイツ軍が西部戦線やイタリア戦線で成功したsturmtruppen(突撃部隊)と呼ばれる短機関銃で装備した分隊多数を前線から敵後方の司令部や補給所を奇襲し混乱させる浸透戦術を使いロシア軍は翻弄され
最後の11日間で中欧同盟国軍はリガからナルヴァ(エストニア北東の都市)、ミンスクからスモレンスクまで侵攻
バルト沿岸諸国、ベラルーシ全土とウクライナの大部分を占領
フィンランドも上陸したドイツ軍とフィンランド独立派がロシア軍を駆逐し、ペトログラードに迫りました

もしここでロシア側が降伏せず、さらに11日間中欧同盟国軍が進撃したならばペトログラードは落とされ、モスクワの門前まで迫っていたでしょう

従って東部戦線のドイツ軍将兵にとっては休戦の報に
えっ、なんで?
というのが率直な感想でしょう

だからそれを不服として
またその後、住民投票でドイツ帰属が決定したオーバーシュレージェンに対するポーランド軍の侵攻や国内での社会主義者の革命に対し
Freikorps(自由軍団)と呼ばれる民兵組織が各地に結成され抵抗するのです

ドイツ国内のFreikorpsはまだ軍の倉庫に軍服があったのでそれを着用していますが
オーバーシュレージェンでポーランド軍に抵抗したFreikorpsの服装を見るとヘルメットはドイツ軍の物だが
被服はとても小綺麗とは言い難い農民服で文字通り民兵そのものでした

休戦を決めた指導者層もウィルソンの14ヶ条の条件が履行されると思い、応じたのですが
まさか苛酷なヴェルサイユ条約を突きつけられるとは思っていなかったでしょう

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

yta********さん

2017/12/1323:05:51

そうです。ドイツ領内まで攻め込まれてはいないのです。
なのに「負けた」というのは、食料不足と軍隊・国民の厭戦気分で、革命騒ぎまであって、戦争を続けられなくなったからです。

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