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一遍は「信不信を問わず南無阿弥陀仏の六字を唱えたら 極楽浄土に往生できる」と...

mat********さん

2018/1/517:32:17

一遍は「信不信を問わず南無阿弥陀仏の六字を唱えたら
極楽浄土に往生できる」と説かれましたが、
皆様はこの一遍の主張に賛同できますか??

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mos********さん

2018/1/713:55:06

そういう教えを説かれたってことでしょう。

この場合、信仰心が大事になるかと思います。

単に物理的にある種の文言を唱え続ければ救われる、ってことではないでしょう。

これは、禅や瞑想にも言えることなんですが、宗教の行の中には人をトランス状態に導くものがあります。

しかし、トランス状態(これを神秘現象として価値を置く派もあります。念仏系はこの傾向が強いです)にも色々あるんです。

トランス状態=悟り、あるいは悟りの入口、もしくは”現証”ではないというのが、あまり一般的ではないですが、仏教を自然科学の手法で説明しようとする学問(例えば禅心理学)の立場なんです。

宗教的トランスを分析しているんです。

分析するには、ある尺度(基準)が必要になります。

この基準を定める過程に宗教の理解が大きく関与してきます。

禅の場合だと、「心身の安定の度合い」を尺度にすることが一般的です。
以前までだと、脳波や血流を見ていました。

いまは、MRIなどを使って瞑想者の脳の状態をモニターできるようになりました。

「物語」の分析も一部で行われています。
「神秘体験」が人に与える影響についての考察などが知られています。
心理学者や医者が研究しています。

トランスをあまり絶対視するとか、それに価値を置きすぎるのはどうかと思いますけどね。

「良い果」があれば宗教的効果は有ったと言えるとは思いますが。

トランス系のパーティーマニアが知り合いに居ましたが、良い方向に進んでいないように思えますw

インド好きとか、”破綻”した人が多いです。。。

「正しさ」を最初に強調して説く宗教は良心的だと思いますね。

質問した人からのコメント

2018/1/10 08:36:21

回答ありがとうございます!

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ffk********さん

2018/1/711:20:07

出来ません。

それは法華経で説かれている、「一唱南無佛」からの引用(拡大解釈)だと思いますが、南無阿弥陀仏ではなく、南無釈迦牟尼仏です。

入滅まじかの釈迦が横たわる、洞窟の中での話です。

全くでたらめですね。

・。・;

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har********さん

2018/1/600:49:26

出来ます。

なお、一遍は地獄・極楽は初心者向けだとも説いています。

南無阿弥陀仏そのものが往生する(往生を目指す凡夫=南無、真理=阿弥陀、真理を見たもの=仏の3つが一つに重なり一つになる)とも述べています。

念仏信仰の極点であり、名号の位には凡夫も仏も仏法も存在しないという、念仏を通じての解脱が表現されていると思っています。

kaw********さん

2018/1/518:15:36

信じる人は救われるという事で、その範囲で良いと思いますよ。
実際には浄土も地獄も天国も黄泉の国も、あの世も無いという事ですから。
死んだら無という事ですよ。
諸行無常という事に尽きると思いますよ。
死んだら意識も何もが失われてしまい火葬場で焼かれて灰になってしまうだけです。
そして菩提寺の墓の下に納められてしまうという事です。
そして墓参りという事は生きている人の心の問題だと思いますよ。
命日に墓参して故人を偲ぶという文化だと思います。
そして先祖の偉業を尊び語り継ぐという事も大切なのでは。
その様な仕草に先祖を考えるという機会があるという事ですよ。
でも、やがては忘れられてしまうという事です。
貴公だって魂なんて残らないのですよ。
死んでしまったら無です。

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