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豊臣・徳川政権といわゆる鎖国政策について。

the********さん

2018/1/523:03:10

豊臣・徳川政権といわゆる鎖国政策について。

徳川幕府が貿易制限・鎖国をした理由が、当時の日本には金銀以外に輸出する物があまり無かったために外国から贅沢品を輸入して金銀が流出していた。それを防ぐにはどの政権でもいわゆる鎖国政策を取ると言うものです。

この理由は本当なのでしょうか?当時の日本の輸出品は、金銀以外の生糸、木綿、刀剣などはダメだったのでしょうか?
当時のヨーロッパ諸国は鎖国などしていませんが、ではヨーロッパ諸国は日本と違い何を輸出して国力を高めていたのでしょうか?

徳川政権ではなく豊臣政権ならば、いわゆる鎖国政策は取らず、世界と交わり、北方や南方への進出など、日本は大きく発展しただろうとよく言われますが、どうなのでしょうか?

補足ありがとうございます。もちろんキリスト教の件も知った上での質問です。
江戸時代日本が鎖国をしていたかですが、どうしても事実上の鎖国だったと思うのです。
琉球やアイヌは完全な外国では無いし、当時世界を支配しつつあった西洋との窓口を長崎出島のみとしまして、交流も制限しました。これでは本当に少数の人間しか西洋の進んだ物を学ぶ事が出来ない。
江戸の後期になって欧米の船が来て、世界情勢が分かってきても、幕府首脳は保守的で異国船を打ち払っています。
結局ペリーが来て外圧で無理やり開国させられて明治維新となって日本の近代化が始まりますが、明治を見れば、江戸時代は鎖国をしていたと考えざるを得ません。

明治維新から大東亜戦争までわずか70年。江戸時代が長すぎて日本がガラパゴス化し近代化が遅れた為、短期間で無理をせざるを得なかったのではと。
ペリーが来た時の日本の武器が大坂の陣の時使用した大砲と火縄銃と聞いて、幕府首脳は何を考えていたのかと不審に思いました。

豊臣秀吉は、建て前上大名のキリスト教は禁止しましたが貿易は奨励し、キリシタン弾圧も26聖人の殉教以外は起こっていません。

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2018/1/618:08:11

なんかいろいろ書こうと思ったけど、kazukazu5884さんがお見事なので、別の話を書こうと思います。

江戸幕府というのは、豊臣政権の「海外拡張政策」の大失敗をうけて成立した新政権ですから、当然、「国内重視、自給自足」の方向に舵を切ります。
「戦国時代」というのは、戦争して戦争して大きくなって豊かになって、というのが通用した時代です。欲しいものは他所から持ってくればいい。買うカネがなければ分捕ってくればいい。
ところが、豊臣秀吉が日本を統一してしまったため、国内にもう分捕るところがなくなってしまいました。「フロンティア」が消滅してしまったのです。
でも、もっともっと豊かになりたい、という人間の欲望は容易に抑えられません。戦争のために育成した兵隊たちも大量に余っています。
こうなったときにやることと言ったら「海外進出」つまり侵略しかありません。これが「朝鮮出兵」です。
しかし、これが大失敗しました。誰がなんといおうとアレは大失敗です。
こうなれば「海外はあきらめて、国内を豊かにすることに専念しろ。どんどん豊かになりたいなんていう高度成長バブル思考はやめろ。隣の国から分捕ればいいっていう発想はキッパリ捨てろ」という発想の転換を、皆に徹底しなければなりません。
この発想の転換こそが「いわゆる鎖国政策」なんです。
商売と戦争を分けることはできません、特にこの時代には。「平和な貿易」というのは理想に過ぎず、海外進出には海軍力の増強が不可欠です。「戦争すればいつでも勝てる」という状況でなければ、海外貿易なんてできない。というのが現実です。

海外に領地を広げることはない、内乱で隣の領地を分捕ることも絶対厳禁、となれば、「おまえの領地は、子孫代々、増えない。そこんとこ納得しろ」ということになります。つまり、「武士の収入は永久にベースアップなし」ということです。
するとどうなるか。商業が発展する、経済が活発になるということは、物価が慢性的に上がるということです。永久固定給の武士の生活がどんどん苦しくなるのは自明です。だから幕府は「商業は悪、農業だけが正義」という基本ポリシーとして、商業発展の芽をできるだけ摘もうとします。だから江戸時代の「三大改革」と呼ばれるものは、基本的に新田開発と倹約令しかありません。「商業を発展させて、そっちから税収を」なんて考えるヤツは、田沼意次のように、武士にあるまじき者と叩かれて潰されます。
それが基本ポリシーの江戸幕府なんですから、「海外貿易で国を富まそう」なんてのは発想自体が有り得ない、ということがわかるでしょう。「いわゆる鎖国」をやめたりすれば、あっというまに世界経済の渦の中に巻き込まれて、物価は際限なく上がり、「農業絶対」の武家政権など、消し飛んでしまうでしょう。
実際、そうなりました。それが幕末維新です。
が、それは先の話。豊臣政権が潰れた時点では「海外貿易は思い切り縮小する」のが、国家として正しい政策であったことは間違いないのです。

豊臣政権が続いていたら・・・。さあ。秀吉流の海外進出政策を続けていれば、いずれ日本が滅びるでしょう。それがみんな(なんとなく)分かっていたから、「豊臣政権の継承」を唱えた石田三成は、関が原で勝てなかったんです。

  • 2018/1/619:31:58

    NHKが元日にやってた「風雲児たち 蘭学黎明編」をご覧になりましたか。
    江戸時代の最中にも、ああいう人々がいて、ああいう業績を残している。西欧文化は江戸にもそれなりに入ってきていて、それを活用しようとがんばっていた人々は少なからずいた、ということです。
    「鎖国をしていたおかげで日本は黒船に慌てふためき、全く有効な対応ができなかった、おかげで日本はものすごく不利を蒙った、幕府の罪は重い」と昔は「常識」のように言われました。これは(明治政府のある種のネガティブキャンペーンの成果であり)、実際はどんなもんかと考え直したほうがいいです。
    あの時代、西欧諸国の植民地分割の餌食にならず、ほぼ対等の関係で乗り切って独立を維持したのは、凄いことです(と、みなもと太郎も描いてます)。
    「鎖国」という言葉を肯定するかどうかはさておき、幕末の日本は黒船が来たとき、決して浦島太郎なわけではなかったんです。

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aji********さん

2018/1/618:07:48

「贅沢品を輸入して金銀が流出していた」が根本的な理由だったら、不要不急の商品ごとに禁輸処置を取れば良いだけなので、合理性に乏しいです。

鎖国といっても国交・交易を断絶するのではなく、幕府と一部の藩だけが貿易を行う特権を有するという「海禁政策」ですから、日本からは海産物や醤油などの加工品が輸出されていますよ。

鎖国は幕府が情報と海外の技術や製品を独占するための処置です。
諸藩や民間が勝手に海外と貿易すると、高度な武器を輸入したり、海外の情報や技術情報を独自に入手してしまう恐れがあり、幕藩体制を揺るがしかねないので、禁じたわけです。

また、当時、東アジア情勢が落ちついていたことも大きいです。
伝統的に日本は中国や朝鮮半島で変動があると、大陸へ関与し、安定しているとモンロー主義的に干渉を控えるという地政学的な対応を見せています。

つまり鎖国しても、国際情勢が安定していたことは見逃せない要素なんです。


あと、やたらネットでは目を吊り上げて、白人ガー、植民地ガー、侵略ダーって言いたがる人が多いですがw、間違いです。

スペインとポルトガルが極東の日本くんだりにまで来たのは、当時、すでに両国は落日を向かえており、そのため欧州ではイギリスやオランダといった新興のプロテスタント勢力が伸張してきて、旧教は衰退していたからです。

欧州でのカソリック衰退に危機感を抱いたローマ教会は、信者を代わりに南アジア、東アジアで求めるためにイエスズ会を派遣したってのが、歴史的事実です。

当時は列強といえど、年に1〜2隻の帆船を極東へ送るのが精一杯です。
そして戦国時代の日本は人口が多い上に、世界有数の軍事大国でしたから、落剥したスペインやポルトガルが日本を植民地なんかにはできませんよ。

だいたい秀吉は、日本の民衆にキリスト教の信仰を認めています。

徳川政権は仏教を管理下に置き、日本人全員を檀家(仏教徒)とすることで、管理の手先機関とします。これも勝手に反幕府勢力が生まれないための処置です。
その結果としてキリスト教を禁じたわけです。

歴史の流れを見れば、秀吉も徳川政権も単純に異教だからという理由で、キリスト教を弾圧していたわけでは無いことが判りますよ。
ご参考になれば幸いです。

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kaz********さん

編集あり2018/1/617:56:36

鎖国してたと言われますが、正確には貿易制限(海禁政策)をしてたと言うのが正しいです。

長崎の出島で海外交易をしていたって習いますが、長崎だけと皆勘違いするのです。

他にも対馬藩、薩摩藩、松前藩が貿易の窓口で、当時の日本の貿易国は、皆が知るオランダ、明や清だけでは無く、朝鮮に琉球に蝦夷以北のアイヌでした。

最近教科書から鎖国の表記が無くなり話題になりましたが、当然であり小学生から正しい姿を教える事は必要です。

で何故鎖国政策をしたかですが、金銀の流出を懸念した訳では無く、キリスト教の広布を懸念したからです。

当時の海洋王国スペインやポルトガルは、まずは布教活動を開始して現地に根付き、現地の支配階層に敵対する勢力を改宗させて反旗を翻すようにして、武力支援をして叩いてから自ら乗り込み、完全に支配階層を叩き潰して植民支配していたからです。

日本にザビエルが到達したのも、この一連の流れです。

日本にも海外の情報は、当然の様に入ってくるので、フィリピンがスペインの支配下、マカオがポルトガルの支配下に落ちたのも認識していて警戒した訳です。

豊臣秀吉や江戸幕府がクリスチャンに対して弾圧したのも、体制転覆を恐れた為です。

民衆だけがキリスト教を信仰した訳では無く、キリシタン大名とか力を持った側にも信仰する人が居ましたが、彼等がスペインやポルトガルと結託して幕府に対して反旗を翻すと一大事ですからね。

先に説明した植民地化の形が、日本にも出来つつあったから鎖国に踏み切った訳です。

豊臣政権ならって書いてありましたが、キリシタン弾圧をする理由は徳川幕府と同じ理由なので変わらなかったと思います。

義務教育や高校では、何故キリスト教を弾圧したか教えないから、鎖国をするのが意味不明となる訳です。

仮に日本が進出政策を採りたくても、海外に進出する海軍力がありませんので不可能です。

貿易船を送り安全に交易するには、海賊や敵対する勢力国からの妨害を排除し、安全な航路を確保する為の海軍力が必須です。

今の時代でも、尖閣諸島や南シナ海で問題起こす中国が、何故問題を起こすかの理由は、太平洋までの安全な航路を確保したいからです。

今は貿易出来ますが、もしアメリカと敵対したら、日本〜台湾〜フィリピンまでのアメリカサイドの海上封鎖に遭い、太平洋までの航路を遮断されて貿易すらままならなくなるからです。

当時の海洋王国スペインやポルトガル、その後の海の支配者イギリス、現在世界の海に展開するアメリカが、何故強大な経済力を有するかの理由が世界最強の海軍力を持ち合わせるからです。

日本も戦前に大和等を建造し、現在も海上自衛隊を重視し、近年海軍強化に力を入れる中国もコレが目的です。

経済を豊かにする為には安全、安全を確保する為には国防です。

だから海に囲まれた日本は、敵は海の向こうからやってくるので海軍力は死活問題です。

天草四郎の島原の乱、弾圧されたキリシタンが立ち上がった騒乱って教えられますが、この様な経緯を考慮すると幕府側は海外勢力の謀略と考え鎮圧するのも当然ですね。

ヨーロッパ 諸国がどの様にして国力を高めたかですが、支配した地域から安値で資源を掻き集め、他の不足する国に高く売りつけたり(胡椒とか)、資源から加工したモノを今度は逆に送り高く売りつけたりからです(絹→衣類とか)。

日本の様に、資源は無くても加工したモノを、今度は資源国に付加価値を付けて売ってた訳です。

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iko********さん

2018/1/523:27:17

昔の生糸の本場は中国
シルクロード、て言うだろ
ヨーロッパに生糸を輸出していたのは中国のほう

日本が生糸をやり始めたのは
明治時代になって輸出するもんが無かったので
始めたもの

綿は江戸時代も輸入してた
天竺木綿
て言うだろ
天竺、てのはインドのこと

刀剣はちょろっと輸出してただけ

江戸時代は日本から「フカヒレ」「干しあわび」「昆布」
なんかを輸出してた

ヨーロッパからは主に「銀」だよ
銀はヨーロッパのほうでも採掘されてた

ギリシアのラウレイオン鉱山が有名だね
ギリシアなんかが多くの奴隷を必要としたのは
鉱山の採掘に必要だったのが主な理由

日本でも江戸時代中期に銀の採掘をやったけど
100年ちょいで枯れた
しかもその多くが中国との貿易で使われた

ドイツの南部なんかでも銀が採掘されてたんだけど
アメリカ大陸が発見されると
南米から採掘した銀が大量に中国へ渡ってる

ヨーロッパはこの銀で豊かになり
産業革命が起こる元手となった

アメリカ発見が15世紀
産業革命が18世紀だよ

発展、て言っても
産業革命に必須の「石炭」
は日本では採れなかったからねぇ

イギリスなんか1メートル掘ったら石炭が出て来たんだよ
日本は百メートルは掘らないと無理
石炭を掘るためには機械が必要
機械を作るには産業革命が必要
て矛盾が生まれる

ヨーロッパは産業革命に必須の高火力の元、石炭が
自前で揃えられたけど
日本は無理だからねぇ

石炭を海外から輸入するには大型貨物船いるしねぇ

どっちにしても無理じゃね?

2018/1/523:10:25

徳川での鎖国は、宗教=キリスト教対策と考えています。異宗教でまた、戦が起こっては、天下安泰にならんでしょう。

貿易に対して
生糸、刀剣はOKだったと思います。

当時のヨーロッパの国力ですが
植民地を増やして、その植民地の生産品を特産品として主に国内に高く売ることだったと考えます。

豊臣政権ならばどうだったか
歴史にIFはご法度ですが、もし、秀吉が30年長生きしたとして、
鎖国はせず、各国との貿易は行ったと思います。ただし、キリスト教は弾圧したと思います。実際に行ったし。その前に、どこかの国の植民地にされたかもしれません。よって、発展したかどうかは想像しましょう。

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