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戦国時代の兵の衣食住について興味があります 特に数千、数万の兵が合戦に参加し...

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ID非公開さん

2018/1/2613:05:17

戦国時代の兵の衣食住について興味があります
特に数千、数万の兵が合戦に参加している時に夜、兵たちはどこで寝て体力回復をしているのでしょうか?

屋根や囲いがなければ風雨、やぶ蚊などでとても安眠できる状況ではなさそうですし、地べたにむしろ一枚程度では冷たくて寝ていられないのではないでしょうか?
また、排せつ物だってこれだけの人数なら相当な量だし、所かまわずしていたら不衛生極まりないと思います
さらに近代の戦争においても慰安所が置かれたように戦国時代とは言え同様の欲望は理性だけでは隠し切れなかったように思うのですが、これらはどんなことになっていたのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

umi********さん

2018/1/2614:16:46

幸い日本は豊かな山林がありまして、水も木の実もキノコも、山菜も、薬草も、家を建てる木などの材料も、そのあたりで調達でます。さらに排泄物は、穴を掘って板を渡し、ぽっとん便所を作る技術は古くからあるようで、不衛生なことはなかったと思います。
いまでも、大地震など災害が起こったときの避難所には、すぐにだれとは無しに、班が出来て、避難所のレイアウトを決めたら、トイレの設営はするし、炊飯場は出来るし、寝る場所の確保、集会場の確保、それを素直に受け入れる避難民たち、といったことが自然に出来るのも、日本人の凄いところです。
これらの手順は、私たちにとっては当たり前の必要な手順と思っていますが、世界から見ると社会秩序に対する意識の高さは神業だそうだ。
そして兵士の多くはその場で集めた農民兵で、時間があれば家に帰ったりしたようです。戦事態が、わりとゆるい時代ならではの話。
家が遠い兵は、自分でなんとかしたでしょうね。そういうところも日本人ならではです。ま、女郎場は近くの町にあったかもしれませんが、戦は山野で行うから、移動途中の宿場で遊ぶ、という感じかもしれません。以上は日本人の気質と文化と宿場の在り方などからの考察です。歴史家ではないので、創造の範囲ですのであしからず。

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    質問者

    ID非公開さん

    2018/1/2707:09:06

    有難うございます
    合戦では武器、戦術などが優位でなければと思いますが、その前にこう言った食、住が整わなければ戦う環境にさえならないですよね
    例えば旅行の添乗員さんが高々、数十人を連れ立って行動していても決められた時間に決められた行動をすることさえ簡単ではないのに千、万人もいてできていたということは便所奉行?、配膳奉行?のような厳しく差配するものがいないとできないと考えるんです
    宿泊場所にしても仮に私の家にぎゅうぎゅう詰めにしても20人位、1万人収容なら500戸の建屋が必要です、決まった合戦場所に双方集い、力比べをしているわけではないのにこれらを受け入れられる合戦場ってかなり限られるような気がします
    合戦の勝ち負けや戦法などは良く聞きますがこの辺の事情が出てこないので「いったいどうなってるの?」と言うのが疑問なのです

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質問した人からのコメント

2018/1/31 14:37:09

有難うございました

ますます興味が尽きません
今回は「これが回答」と言う訳ではありませんが丁寧に説明いただいた方にBAをでも「新装 現代語訳 三河物語」も読んでみます

ベストアンサー以外の回答

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sen********さん

2018/1/2714:05:42

大久保彦左衛門が書いた三河物語に
戦場でどうやって生活すればよいのか
詳しく書かれています。

新装 現代語訳 三河物語
が3月に発売されるので
読まれてみればいかがでしょうか。

jij********さん

2018/1/2613:18:55

状況次第でしょうね。
農家が多いところでは納屋や作業小屋を借りたり徴用し、お寺など壁があるところでは風のさえぎられる敷地内などを利用したでしょうが、何もないところでは、地面にむしろだけとか藁束だけで寝たのでしょうね。

トイレは衛生上を考え、穴をあけたり、川の下流を使うように指示があったようです。

慰安所もどきを作ったり、フリーの女性が出入りすることもあったようです。
渡り巫女とかですね。

まともな雨具などない頃ですから、足軽でも陣笠など支給されていたので、それだけでもよかったでしょうし、寒いときは焚火やみんなで固まって寒さをしのいだようです。

ただ雪が降ったり極寒になると動きが取れなくなるので、そうなる場所のその時期は戦をしなかったようです。

ローマ時代の有名な武将ユリウス・シーザー(のちの皇帝)も戦地ではほとんど自分のマントにくるまって地面で寝ていたそうです。

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