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2018/2/7 10:03

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静岡県は西部、中部、東部とありますが、西部には浜松、中部には静岡と人口は少ないものの政令指定都市があります。 しかし東部にはこれといってでかい街はありません。これはなぜでしょうか。

静岡県は西部、中部、東部とありますが、西部には浜松、中部には静岡と人口は少ないものの政令指定都市があります。 しかし東部にはこれといってでかい街はありません。これはなぜでしょうか。 東京にも近いのになぜ都市が発展しなかったのでしょうか。

日本史 | 国内694閲覧

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静岡の東部出身です。 まぁ、車のナンバーなど、かつては浜松・静岡・沼津ナンバーの三種類でしたよね。 ですから、東部の中心となる自治体って、かつては沼津市でした。 しかし最近は富士市の方が元気がいいんじゃないですか? だいたい沼津の人口が20万。富士市で25万くらいですかね。富士市の方が人口規模が大きいです。 そういうわけで、昭和の頃のイメージというか、もとは沼津市を中心にしたかったのだけど、現実は富士市になってしまった。 そういった理想と現実のはざまを揺れ動き、一極集中にいたらず、東部の政令指定都市が出来にくかった。 そういった部分はあるかもしれませんね。 そしてもとから沼津市を中心にしようというのに無理があった。 また、もし仮に静岡県でどこが政令指定都市になるはずか?といえば、県庁所在地である静岡市をイメージしますが、県下最大の都市は浜松です。 浜松には、ヤマハやスズキといった日本を代表するような企業があり、その参加の広がりも馬鹿にできない。 そんな企業集団が大きくなるのと基軸を同じくして、浜松も膨れ上がった。 静岡市に関しては、静岡銀行やスルガ銀行など、県民生活に直接かかわるような企業の本社が多い。 また、官公庁の出先なども静岡市に集まるので、その関係もあって、大きくなる要素があった。 しかし沼津市には、県民を牽引するような企業の本社が少ない。 ではなぜ、沼津市には少ないのか? いくつか要因はあるのですが、案外、東部って東京本社の大企業の大きな工場が点在しているんですよね。 それは、東京とのアクセスもあるでしょう。 地下水が豊富で、ものづくりに適しており、いち早く東京の大企業が工場立地に目をつけた。 それもあるかもしれません。 しかし、どんなに大きな企業が来ても、本社が来ないと、ものづくりのすそ野が広がらなかった。 そんな感じを、僕は感じていますけどね。

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小さい都市で財政的に問題ないので 合併機運が高くならないから。 でもそれだと小さいことしかできない。 未だに沼津駅は高架化されていないところに 大都市がない欠点が現れてる。 沼津市程度の規模では高架化の負担はあまりにも重い。 新幹線がなくとも支線の御殿場線があるので、 静岡市や浜松市並の高架化となる。 だから余計反対される。 沼津市にあまり求心力がないのも 合併が進まない要因。 小さい都市ではできることも限られる。 それが県東部の限界に現れてる。

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浜松も静岡も合併により政令指定都市に移行しただけです。 とは言え、合併前でもそれなりの人口はありました(浜松:60万人、静岡:47万人)。 静岡東部には人口10万人以上の都市が4市あるので、「都市が発展しなかった」というわけでもないです。 >もとは沼津市を中心にしたかったのだけど、現実は富士市になってしまった 1960年代に沼津にコンビナートを作る計画がありましたが、柿田川湧水群の水質悪化を懸念した住民の反対が激しかったため実現しませんでした。 もしも沼津にコンビナートができていれば、もともと静岡東部の中心であった沼津はその地位を確かなものにしていたでしょうが、計画を突っぱねても環境を守った住民は勇気があったと思います。 その沼津で頓挫した計画が富士で実現したのが、今の田子の浦港を中心としたコンビナートです。 あと、スルガ銀行の本店は今でも沼津市です。

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先ず根本的に可住地面積に差があります。 静岡市 341平方km 浜松市 486平方km 沼津市 92平方km 三島市 38平方km そして、質問の発想が違うと思うのですが、東部に大きな街が無いのはなぜかではなく、浜松市の発展が特別なのだと思います。事実、全国的にみて県都でもなく大都市のベッドダウンでもないのに政令市となったのは、浜松市と北九州市しかありません。 江戸後期の時点で沼津と浜松は人口5000人ほどの同規模の都市でした(静岡は15000人)。それが現在の人口差となったのは、ひとえに浜松が工業都市として明治以降の近代化と戦後の高度成長の波にうまく乗り産業を転換し、他都市以上の発展をしたからだと思います。その発展の陰には、本田宗一郎などの偉人の登場や、浜松高等工業学校、国鉄浜松工場の誘致の成功といった地元熱意によるところも大きいでしょう。 ちなみに、平成の大合併の際に、沼津や三島などを含めた5市4町で合併して政令市を目指そうという「静岡県東部政令指定都市構想」がありましたが、結局人口要件が満たせないことと、沼津と三島が意見対立したこともあり実現しませんでした。

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静岡県東部で中核都市になりうる可能性があるのが 沼津市と三島市ですが、あまりにも財政基盤が弱い のです。それは市内に優良企業が少なく財政収入が 低いのです。両市の市役所を見ればわかりますが建 物が古く老朽化が進んでいますか、建て替えるだけ の財源がないのです。両市の近くには長泉町、函南 町、清水町といった町がありますが、3町ともそれ ぞれ財政基盤がしっかりしており、税収もそれなり にありますから、貧乏な沼津市や三島市と合併して 自分のところの税収を横取りされたくないのです。

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