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曾国藩や李鴻章らがすすめた洋務運動の特徴や課題について「中体西用」にふれなが...

chi********さん

2018/2/1914:32:25

曾国藩や李鴻章らがすすめた洋務運動の特徴や課題について「中体西用」にふれながら説明せよ

教えてください

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ベストアンサーに選ばれた回答

みらいさん

2018/2/1915:20:30

日本史・世界史の元予備校講師です。

【解答】

洋務運動とは19世紀後半に進められた清朝の近代化政策のことである。
自国文化に対する矜持の念が強い中国では中華思想にもとづいて、中国固有の文化や制度(システム)に西欧の技術を取り入れる『中体西用』がその理念にある。
この欧米の技術はもっぱら兵器製造の軍事技術が中心であっため、清国の真の近代化にはならなかった。

洋務運動と対局をなしたのが、日本の明治維新で文明開化の名のもと軍事技術のみならず、政治経済、社会、学問あらゆる方向で西欧文明を導入していき、日本は近代化を達成。その成果は日清戦争となって表れた。

【解説】

中国はとてもプライドの高い国です。
何せ、自分の国を中国=世界の中心にある国と名乗るほどです。
ただ、アヘン戦争以来、産業革命で近代的工業力を起こした西欧の軍事力は誇り高き清国もその実力を認めざるを得ませんでした。

「西欧人が優れているのは武器・兵器をつくる技術だけ。」
「それ以外の文化や社会システムは中国の方が数段優れている。」
「だから、西欧の良いとこ取りだけすればよいのだ!」

という発想が中体西用です。中国の文明文化を本体にして、中国の弱い小手先の部分のみ西欧文明を用いるという意味です。

日本はこれとは違いました。
「日本がこれからお手本とする国は西欧諸国である。」
「西欧の優れた部分は片っ端から学び取ることが近代化というものだ。」
という発想。
そう文明開化というヤツです。
和服やチョンマゲ、打ち首・切腹という封建時代の習慣はすべて捨てて、洋服やスーツを着て、ナイフやフォークで食事をできるようにしようという徹底したものです。

日中の西欧文明に対する認識の違いが、日清戦争の結果となって表れ、日本は侵略する側(帝国主義)となり、中国は侵略される側(半植民地化)の歴史を歩むことになっていきます。



※余談
日本も西欧を諸手で崇拝している人ばかりではありませんでした。
幕末の佐久間象山は『東洋道徳、西洋芸術』ということばを残しています。
道徳(思想哲学)はキリスト教より数段高尚であり、西欧は芸術=技術が優れているとしています。
ただ、日本一番とはしていないので、やはり日本人は学びの天才なのかも知れません。

質問した人からのコメント

2018/2/19 20:11:29

ありがとうございます

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