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パウロの神学や意見が、即ちキリスト教ですか?

ogi********さん

2018/2/2020:55:03

パウロの神学や意見が、即ちキリスト教ですか?

四福音書を除いて、新訳聖書の諭しは、パウロ。 新訳は、パウロ神学ともいわれていますよね。パウロの書簡・手紙は、すべて神の霊感によって書かれたと、断言できるのでしょうか? 彼自身の、所感や、聖霊によらない言及は、新約聖書には含まれていないのでしょうか? パウロは完全な人だったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

fak********さん

2018/2/2118:57:31

パウロという人物は、イエスに会ったことも付き従った経歴もないが、自分を使徒だと称してしまった。その根拠は、何度もイエスが現れて語りかけたから。ほかの弟子たちには誰ひとりそんなことは起こらなかった。

イエスの死後、初代のキリスト教の本拠地は弟子たちがイエスの弟ヤコブを中心にエルサレムに置いた教団だった。小アジア出身のパウロはそこに入れてもらえなかった。そこで自分を中心にする教会をつくる野望を叶えるべく行動を始めた。エルサレムの正統派に入れなかったのだから教義も自由にできる。異邦人は除外されていたのをパウロが受け入れるとした。

正統派のエルサレム教団は紀元70年にローマに叛旗を翻し壊滅させられたエルサレムの街とともに消滅したので、そのときローマに居たパウロの教えが、はらかずも生き残って、キリスト教となっていった。

パウロは聖人になったが、傲慢な人間像が聖書の中に随所に見られる。「私の福音によれば」(ローマ2:16)と言ったり、律法のわざによる義は否定するが倫理規定(Ⅰコリ6:9~10など)を定めて、結局自身の律法の遵守を要求する。

また女性蔑視もよく知られているとおり。イエスは遊女を悪とするのでなく、遊女にならざるを得なかったことを思っていたが、パウロはそんな関心はない。 また教会の中では女は黙っていなさい、女が男を教えてはいけない、と言う。

エルサレムが崩壊して、外にあったパウロ書簡しか残らなかったから、パウロの名を騙り権威を借る者も現れて、できたのが新約聖書。 パウロは神学と言えるものでなく、野望から出たものと見るのが妥当なところ。

質問した人からのコメント

2018/2/22 08:25:20

ありがとうございました。

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kok********さん

2018/2/2120:08:43

>パウロの神学や意見が、即ちキリスト教ですか?
それじゃ聖書なんて、全く読む価値なんかないじゃないか。

dol********さん

2018/2/2115:36:15

> 四福音書を除いて、新訳聖書の諭しは、パウロ

違うでしょ。「新約聖書の半分」は福音書。何で君はそんなミスリードな書き方をして、人を騙そうとしたんだい?

afoolder がパウロを『自分で「自分は聖霊に満たされている」と言う人』などと言ってるが、パウロがそのようなことを言った事実はない。こうやって他人を一生懸命曲解し、貶めようとする afoolder や mithream2 のような人を信じるかどうかはあなたの自由です。

で、ここに書かれたようなことが、実際にパウロの身に起きたらしいことは、パウロ書簡からありありと見てとれる。

yoejpjp さんがパウロを「激すると人を攻撃する癖がある」と言ってるが、彼の書簡を丹念に読む限り、そのようなものは読み取れない。むしろ、使徒の権威を持つ教会や、そこから派遣されてきた人々に、パウロがぼろくそに言われていたことが分かる。

それに対し、パウロは一生懸命に弁明している。だからこそ、時に口調も激しくなろうというものだ。それは「攻撃する癖」などと悪意をもって語るべきではない。

ということはだ。初代教会にはパウロとは別の権威が当然のようにあって、そうした諸々を引っくるめてのキリスト教であり、そうしたゴタゴタをもまとめて保存したのが新約聖書だ、と言うことができる。

実際、パウロはいわゆる第二パウロ書簡でギリシア的に突き抜けた解釈をされ、パウロの持っていたユダヤ神学の側面はすっかり忘れ去られてしまっていた。パウロ神学の内実は、16 世紀に宗教改革が生じるまで、ほとんど忘れ去られていたんだよ。

それでもキリスト教はずっと成立していたんだ。「パウロの神学や意見が、即ちキリスト教」って、んなわけない。

---

もう少し真面目な話もしておく。

「キリスト教の創始者はパウロ」と言い出した 1 人は、19 世紀末の神学者 W. ヴレーデだった。彼の主張によれば、パウロはイエスの福音を破壊しつつ、救済宗教としてのキリスト教を確立した。同様に、ヨハネ福音書の根底にはグノーシス的な伝統があり、そこから別の形で救済宗教が形成されていった。

ヴレ―デによれば、もともとのイエスは救済など語っていなかった。イエスは「人間の回復」を謳った。そのイエスの福音を救済宗教へと変えたのは、一方でパウロであり、他方でグノーシス主義だったというわけだ。

彼の影響力は大きく、20 世紀に R. ブルトマンが「パウロは地上のイエスについてはほとんど何も語っておらず、関心もなかった」と述べたことで、ほぼ頂点に達した。

だがその後、ブルトマンの弟子たちが、師匠に対して次々に反旗を翻すようになる。折しも、死海文書やナグ・ハマディ文書など、初期ユダヤ教や初期キリスト教に関する重要な資料が次々に発見され、ユダヤ人学者や考古学とのすり合わせがやっと可能になってきた時代。

「地上を歩いたイエス」が属していた「ユダヤ的な終末の雰囲気」が再確認され、イエスや弟子たちの思想はギリシア・ローマ的文脈の中ではなく(もちろんグノーシス主義でもなく)、ユダヤ的文脈の中で理解されねばならないということが周知されてきた。

そもそも「神の国の到来」というのは、決してイエスのオリジナルではなく、初期ユダヤ思想における「イスラエルと世界の救済」によるものであることが分かった。イエス自身が多かれ少なかれ、この「神の国」の王として振る舞ったために、それを信じる弟子たちは従い、それを動乱の種と見なしたピラトは処刑したのだろうと。

ただ、イエスも弟子たちも「救済されるべきイスラエル」とは基本的にユダヤ人のことであると考えていた。異邦人も救われるが、それは例外にすぎなかった。この例外をなくし、「真のイスラエル」にユダヤ人と異邦人の差はない、と主張したのがパウロだった。

mit********さん

2018/2/2113:35:00

「神の霊感によって書かれており」
との文言がある第二テモテ書簡じたいが偽名パウロ書簡と
ほぼ判明しており、パウロ書簡13のうち6つは別人による
偽書簡という見方が支配的。

1世紀には急進的なパウロ神学を嫌うキリスト教も
林立し、パウロを異端視する派閥も結構あった。
でも結局は文書を残した男が勝ち残ったのだ。

>彼自身の所感
パウロは聖書として手紙を書いていた自覚もないし
信者集めの為に書いたと自白している。
信者ほしさにコロコロ舌を入れ替えたと言っている。
こんなものは神や聖霊から程遠いでしょ。

コリント第一 9:19~
「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために
すべての人の奴隷となりました。
ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。
律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、――律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです」

chi********さん

編集あり2018/2/2109:47:47

>四福音書を除いて、新訳聖書の諭しは、パウロ。

×新訳→○新約

4福音書以外でも、

『使徒の働き』、『ヘブル人への手紙』、『ヤコブの手紙』、『ペテロの手紙1、2』『ユダの手紙』、『ヨハネの手紙1、2、3』、『黙示録』は、パウロの著作ではない。

>新訳は、パウロ神学ともいわれていますよね。

言われてない。

>パウロの書簡・手紙は、すべて神の霊感によって書かれたと、断言できるのでしょうか?

否定する根拠はどこにもない

>彼自身の、所感や、聖霊によらない言及は、新約聖書には含まれていないのでしょうか?

含まれているとも。回心する前のサウロの言動(たとえば、ステパノ殺害に同意したこととか、クリスチャンを迫害したこととか)は霊感によるものではない。

afo********さん

2018/2/2108:55:58

自分で「自分は聖霊に満たされている」と言う人を
信じるかどうかはあなたの自由です。

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