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♪ 十五でねえやは嫁に行きお里の便りも絶え果てた ♪ 童謡赤とんぼですが、ねえ...

pom********さん

2018/2/2111:39:38

♪ 十五でねえやは嫁に行きお里の便りも絶え果てた ♪

童謡赤とんぼですが、ねえやは本当に15歳で嫁に行ったのでしょうか?

補足13歳で結婚という回答に驚愕し、腰が抜けてしまいました。

当時の15歳は普通だったみたいですね。
皆様、ありがとうございました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kum********さん

2018/2/2116:37:28

明治、大正時代は20歳前に嫁がないと売れ残りになってしまいます、私の祖母の母親は明治8年に13歳で嫁に来たそうです。

質問した人からのコメント

2018/2/22 08:30:52

回答ありがとうございます。

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ベストアンサー以外の回答

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ano********さん

2018/2/2117:45:31

手紙しかない時代なので事の真相はわかりません。
インターネットはもちろんのこと電話すらありませんから。

kys********さん

2018/2/2115:47:38

13から結婚できます。

unu********さん

2018/2/2114:29:09

明治、大正期には普通だと思います。
昭和になると17,8位が普通かな?

男性も結婚が早かったこともあります。
大正天皇は、20歳で、15歳の後の皇后と結婚。昭和天皇は翌年16歳で産まれてます。

kyu********さん

2018/2/2114:20:39

この詞は作者が大人になって子供の頃を思い出して作ったものです。
ねえやに背負われて、赤とんぼを見たのはいつだったか…山の畑の桑の実を小カゴに積んだのは、夢(まぼろし)か…

十五でねえやは嫁にゆき…

ここに登場するねえやは、実姉でなく親戚のお姉さんで自分と弟の子守をしてくれた。子守が不要になったねえやは実家に帰り、時々手紙をくれたが、その後嫁に行ったらしく手紙を全然くれなくなった。

赤とんぼと桑の実の記憶が曖昧なので、おそらく作者はねえやの年齢も曖昧だと思います。ましてや実家に帰り手紙が途絶えた後のことは知らないはず。

15という数字は想像だと思います。

ken********さん

2018/2/2111:45:58

昔の農村では貧しいから、口減らし、と称して娘を出来るだけ低年齢で嫁にやる事なんて普通にありました。昔の農家、特に小作人、は食うものにも不自由していた時代がありました。働きたくとも仕事もあまりない時代です。今の日本では考えられないです。だから、歴史で習いましたね?飢饉(冷夏などで米が採れない年)には娘を売春宿に売ったとか、餓死者が出たとか。明治・大正・昭和の初めの時代でも食うや食わずの貧しい農家は沢山ありました。

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