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旗本のほとんどは、出世もせず、加増もなかったのでしょうか?

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ID非公開さん

2018/2/2212:34:10

旗本のほとんどは、出世もせず、加増もなかったのでしょうか?

(例えば、300石小姓組衆なら一生、300石小姓組衆。250石新番衆なら一生、250石新番衆など)
旗本の数より役職が圧倒的に少ないですよね。
役職につけているだけラッキーですか?

それとも、役職についてさえいれば、少しくらいの出世や加増なら、そつなく平凡に勤めていれば、普通にできたものですか?
加増すると、世代交代するたびに家禄が増えてしまうような気がしますが。
加増はないけど、足高制での出世。とかになりますか?

教えていただけると助かります。
よろしくお願いします。

補足当然、出世する人はいるとは思いますが、その人が稀な人なのでしょうか?
名を残しているような人ではなく、大多数の旗本、平均的な旗本がどうなのかが知りたいです。
よろしくお願いします。

閲覧数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

2018/2/2421:51:20

出世できた人は稀な方だと考えます。

江戸時代初期は、加増をしていたので、純粋な天領に窮乏枯渇の影が見えました。

よって、1700年代半ば、吉宗の時代には、足高の制を制度化して、一代限り、役職就任時のみ役料補填を行うことを制度化しました。


もっとも、それ以前も、それ以降も役料の考え方は存在しましたし、
子ども・孫の代で、お役をしくじってしまえば、役についていた扶持分は召し上げられていたようです。
(役職が終われば、普請役編入で、知行に応じて御役金を納める側に回りました)

当時、各役職に就くと、役職遂行のための経費の負担はその知行高の中から賄うことになっていました。
高い役に知行の低い人材をつけると、幕臣が困窮する事態になり、1650年ごろから、役職に就いた間は、役料を現米で支給する方法がとられていました。

添役、与力などを役職につけて、持ち知行以上の役に就いた時でも、知行で定められた以上の家臣を雇わなくてもよいような配慮もされていました。


役方では、若い時に安い役に就き、徐々に昇進して行き年が行って、隠居したころには、息子が若い役で出仕するような現代の公務員・会社員の昇進・就職制度も出来上がっていきました。
(役職給は4代家綱の時代から存在しました。制度の完成型が足し高制と言えます。)

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質問した人からのコメント

2018/3/1 11:05:25

皆様、回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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feawerさん

2018/2/2219:32:26

旗本とは、大名の小型みたいなものです。
出世する人もいますが、できない人もいます。

hk8********さん

2018/2/2216:47:15

梶川 与惣兵衛: 留守居番

「殿中でござる」で松の廊下で
浅野内匠頭を取り押さえ500石の
加増になり1200石の大身旗本に。

ouh********さん

2018/2/2216:33:19

出世もありますし、加増で大名になった柳沢吉保とかおります。

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ihg********さん

2018/2/2213:13:38

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