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亭号や宗家って、噺家や落語界にとって、今現在、有意味だったり機能しているので...

n12********さん

2018/3/623:21:18

亭号や宗家って、噺家や落語界にとって、今現在、有意味だったり機能しているのでしょうか?

明治初期までは、協会のような組織がなく、三遊派や柳派のように亭号に大きな意味があり、宗家のような存在がいたようですが、落語協会や芸術協会のような組織ができて、会長や理事が存在するようになって、師匠と弟子で亭号が違うことは、かなり以前から珍しいことではないです。

宗家というよりも、今は大師匠や師匠を頭に「~~一門」というファミリー的なくくりはありますし、立川流は、亭号の下に宗家っぽい感じにはなっていますが、特に談志亡き後の現在は、実態として協会的な組織構成です。基本は師匠と弟子の関係で、本家・分家というニュアンスはかなり薄れているのが実態ではないでしょうか?

九蔵の襲名取り止め騒動で、亭号や宗家という言葉を使って云々する書き込みが見受けられますが、実際に亭号や宗家って、有意味だったり機能しているのでしょうか?

特に「林家」という亭号には宗家が存在して、宗家に敬意を払ったり、有意味に機能しているのでしょうか?

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噺家の亭号は、名跡の枕詞のような感じだと思えば良いのではないでしょうか?

大きな名跡を襲名すると、亭号が変わるケースが少なくないです。

・三遊亭円生は、2代目、5代目、6代目が橘家円蔵から円生を襲名しています。

・林家正蔵は、3代目は柳亭左楽から、6代目は柳亭小燕路から、7代目は柳家小三治から、8代目は蝶花楼馬楽から、それぞれ正蔵を襲名しています。


江戸期や明治初期までは、亭号は一門を表わし、興行も三遊派や柳派が仕切っていたようですが、今は亭号単位で一門という状態ではなくて、あくまでも師匠をトップに師弟関係で一門を形成しています。

小朝は柳朝の弟子で、柳朝一門となります。柳朝の師匠の8代目正蔵を通して、8代目正蔵(彦六)一門という捉え方もするようです。林家木久扇との関係も「正蔵一門」でしょうね。林家や春風亭という亭号が敷居になったり壁になっているわけではないです。

宗家という概念も、落語には薄いでしょうね。三遊亭圓生が三遊派の惣領で本家と言われることがありますが、現在は円生を名乗る噺家がいませんし、落語三遊協会を設立して落語協会を脱退して、円生の死後、今は円楽一門会となっています。6代目円楽は落語芸術協会の「客員」となっていますので、7代目円生を誰かが襲名しても、三遊派の惣領や本家という立場ではなくなっていることと思います。


この質問は、九蔵襲名取り消しに際してのものでしょうが、現在の正蔵が「林家」という亭号の惣領や本家と思っている人は・・・いるのでしょうか?正蔵という名跡を襲名したので、正蔵本人には、ひょっとしたら「林家の惣領や本家」という認識をしているかもしれませんが、多くの方々は海老名家の横槍という捉え方をしているように思います。正蔵が林家の本家で惣領という感じでは、とてもないように思います。

  • 質問者

    n12********さん

    2018/3/820:03:22

    師弟関係が一門というのは、現在の落語界の実態を考えると、至極あたりまえのご意見ですが、孫弟子を含めて8代目正蔵一門の小朝を含めるような捉え方は一般的なのでしょうか?

     上方では米朝一門がこのスタイルですね。円楽一門会は、故・5代目三遊亭圓楽と、その兄弟弟子、圓楽の弟子・孫弟子で一門ですね。

     林家一門とは言わないでしょうね。先代の正蔵の系統と、たい平の系統では異なるでしょうね。

    そもそも、たい平の系統の林家のトップは、たい平ですね。

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gin********さん

2018/3/716:30:12

結論から先に述べますと、落語家の「亭号」には今でも一門を示すという意味があり、特に問題無く機能しています。
一方、「宗家」とか「本家」というモノは、そもそも落語の世界には存在しません。
もちろん「林家」という亭号にも宗家や本家は存在しません。

なぜ落語に「宗家」や「本家」が存在しないのかと言うと、落語の世界は師匠と弟子の「師弟関係」を基本とした世界だからです。
宗家や本家というのは「血縁関係」(養子や入り婿含む)による「家」の制度に基づいたシステムですので、師弟関係に基づいている落語の世界には存在しないわけです。
ですから、たとえば歌舞伎のように親から子という「血縁関係」による世襲を基本とした世界には「宗家」というシステムが存在しています。

ただし三遊亭圓朝に関してだけは、パトロンであった藤浦家が(借金のカタとして)「圓朝」の名前を所有しているため「三遊派宗家」を自称しています。
が、これも要するに大名跡を所有するパトロンの夜郎自大に過ぎず、藤浦家が三遊亭という亭号全体に対して何らかの権限を持っているわけではありません。


なお亭号が師弟で異なる事については、これは近年起きた事ではありません。
それどころか、最初期の落語家のひとりである三笑亭可楽の高弟には、朝寝房、船遊亭、喜久亭、萬笑亭、東亭、自笑亭、林屋、など「三笑亭」ではない亭号の人がゾロゾロいました。

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toy********さん

2018/3/711:01:45

真打になるというのは、師匠の店から暖簾分けして自分の店を出すのと同じ(だから「○○家」「■■亭」と言う)。
三遊亭からの暖簾分けで「林家」を付けるのはおかしい。付けたいなら林家の本家の許可が必要。

こういう認識は、落語界には今でも存在しており機能している。

途絶えている亭号なら、遺族を探してでも挨拶に行く。
あの異端児の快楽亭ブラックですら、立川から快楽亭になる時には、師匠の談志とともに遺族に挨拶に行っている。

彦六じいさんは店を出す時に、当時は「柳家」だったんだけど、一代限りの約束で「林家正蔵」の看板を借りて商売し、亡くなる前にその看板を本家に返した。
返した後は、本来なら「林家」は名乗れないんだけど、本家の許可が得られたので「林家彦六」と名乗った。

また、彦六じいさんは、弟子が真打になる、つまり店を出す時には、借りている「林家」を名乗らせるのは筋が通らないからと、違う亭号を名乗らせていた。「橘家文蔵」「春風亭柳朝」「八光亭春輔」「桂藤兵衛」など。

好楽さんは、彦六じいさんの林家正蔵時代のお弟子さんで、二ツ目まで「林家九蔵」と名乗っていた。

師匠の彦六は看板を本家に返した。九蔵さん本人は、師匠が亡くなってからは林家から出て三遊亭に移籍し、そこで今までの「林家九蔵」の看板をお蔵入りにして「三遊亭好楽」の看板を上げた。

好楽さんのやったことは、
「師匠の彦六が一代限りで借りて、既に海老名家に返した林家の看板を、三遊亭に移籍した自分が弟子に与える」
という、まことに筋の通らないことを本家に無許可でやったわけで、そりゃ本家がクレームを付けるのは当たり前。
筋も通ってなけりゃ、師匠の彦六の意思にも反する行為である。

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わをんさん

2018/3/704:25:42

落語に宗家はないが、亭号には意味がある。

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