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当時太平洋戦争時には600万近くの将兵が陸軍にはいました。中央部に問い合わせ...

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ID非公開さん

2018/3/1821:49:20

当時太平洋戦争時には600万近くの将兵が陸軍にはいました。中央部に問い合わせれば「栄えある帝国軍人として玉砕し汚名を残さずに」というのがせめてもの武士の情けだったのでしょう。しかし戦局があちこち悪化の

一途を辿っていきあちこちが玉砕、玉砕となると当時の中央部もすでに指揮系統が麻痺していた可能性がありますね。私が現地の指揮官ならば汚名を残してでも部下は玉砕させたくないですね。良く戦って火器、補給なしとなれば白旗をあげて堂々と敵さんの所迄いってあげるのが真の武士道だと思いませんか?

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bin********さん

編集あり2018/3/1823:57:13

当時は捕虜になっても誰もが間違いなく殺されると思い込んでいたから、どうせ同じ殺される運命であれば、勇敢に戦って戦死した方が軍人としては誉れが高かったのです

そもそも部隊を統率する立場の指揮官が自ら降伏などしたら、本国で暮らす家族は確実に非国民扱いを受けるでしょう

当時の日本国内では勇敢に戦って名誉の戦死を遂げたり負傷した人達と、殆ど戦わずに逃げ帰ってきた人達とでは、待遇や扱いがまるで違うのです

少しでも反戦運動などしたら直ぐに憲兵隊が駆け付けてきて、不当な虐待や弾圧を受けるばかりではなく、それこそ多くの人達から一年中石を投げ付けられるでしょう

当時は国民に言論の自由は無かったのです

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