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国民が選んだ覚えもない『天皇』って誰の承認を得て天皇をやってるのですか? ...

hat********さん

2018/4/1715:32:53

国民が選んだ覚えもない『天皇』って誰の承認を得て天皇をやってるのですか?

国民も国会も内閣総理大臣も承認したわけでもないですよね?

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tos********さん

2018/4/1718:30:40

下に何も知らないくせに、時代錯誤の知ったかぶりをしている馬鹿が居るので。

圧倒的多数の馬鹿は、天皇は遙かな昔から日本人全てに知られていたかのように思い込んでいるが、多少なりとも頭があるのならそんなはずが無いことくらい容易に想像がつくはず。
言うまでもないことだが、江戸時代は幕府が絶対的な権力を握っていたのだ。それこそ天皇なんて幕府にとってはどうでも良い存在だ。
江戸時代の幕府は絶対的な権力を持っていて、幕末までは幕府に刃向かおうなどと考えるものはいなかった。幕末に幕府を倒した薩長ですらその直前まで、幕府を虎のように恐れていたのだ。具体的には吉田松陰が生きていた頃。まさに幕末前夜だが、この頃にはまだ薩長は幕府を気ままに歩き回っている野放しの虎に出会った時のように恐れていたのだ。これに対して明治政府は、江戸幕府とは全く違っていた。明治政府の要人は、かつての下級役人の出身者ばかりだ。このつい先日まで食べるにも事欠いていた下級役人の小せがれが、江戸時代には側に近づくことさえ不可能であった殿様や家老、大老というものすごくえらい雲の上の存在だった人々の上に立って、命令を下すという立場になったのだ。
江戸時代という封建制度の下で徹底した身分制度の中で生まれ育った者にとっては、殿様やかつての重役達に指示を下すなどといったことを行うなどということはあまりにも恐れ多いことで、やりたくてもできなかっただろうし、そのような立場に立ったことについては、ものすごく居心地が悪かったに違いない。
そこで天皇というものを利用することにしたのだ。ただ、幕末の天皇である孝明帝は幕府の言うがままという状態であったことから、倒幕の意気に燃えていた血気盛んな革命を志す若者達にとっては、幕府に恭順の意を公の場で表していた孝明帝は邪魔者としか写らなかったことだろう。そこで天皇の暗殺という手段を執ったと考えられる。孝明帝はまだ35歳の若さで、健康に何の異常も無かったのにたった1日で突然死んだのだ。一応病死と言うことにはなっているが、暗殺と思わない方が不思議だろう。まして殺したのが明治政府の中枢に居た人と言うことになれば、こうした人物をどれほど怪しいと思っても調べることなどできるはずがない。そんなことをしたら天皇の命を簡単に奪うような連中だ。そんなのに目をつけられたら、命がいくつあっても足りないからだ。
幕府に忠実な天皇を殺して、幼い明治天皇をかついで明治維新を画策したのだが、逆に言えば邪魔と思えば簡単に殺して替わりを立てることがいとも簡単にできた。それほど幕末期までの天皇というのは、取るに足らない存在でもあったと言うことなのだ。
しかし、いざ明治維新という革命が成就し、明治政府ができた後は、江戸時代の吹けば飛ぶような権威も何も無いままの天皇ではいかんともし難い。そこで天皇制や皇室典範というものを造り、天皇に対する寓話のようなもの。神話の時代からの嘘やはったりを愚かな民衆に事実と思わせることでものすごく強力な権威付けをし、ついには、現人神という神にまで祭りあげたと言うことなのだ。そして明治政府が行う政の全て、その後はありとあらゆることの全てを天皇の御名によって行うというようにしたのだ。
こうした権威を異常なまでに高めた天皇の威光を笠に着て、かつての下級役人が傲慢きわまりない権力行使を行うようになっていったのだが、まさに、虎の威を借る狐そのままだ。

このように一度神格化までした天皇という存在は、権威者にとってはとてもありがたい存在で、馬鹿な民衆を意のままに扱うにはこれほど便利なものは無い。だから、権力者どもにとってはいつまでも残しておきたいものであることは間違いが無いだろうが、利用される側の民衆が天皇、天皇とわけもなくありがたがり、崇めたてるというのは馬鹿の極みだと言うことができる。

更に、馬鹿マスコミは天皇のことを持ち出す際の常套句として、「日本の国際法上の皇帝は徳川将軍であったが、しかし、徳川家は天皇から政治外交を委任されていたのであって、日本国の元首はあくまでも天皇である。」というものだ。
馬鹿マスコミは、こうしたことを当たり前のことであって既定の事実であるかのように言い、圧倒的多数の愚かな民衆は、馬鹿マスコミの言うことをなんの疑いもなく事実として受け入れている。
しかしながら、これは幕末における思想のひとつであったのだ。思想というのは、明確な根拠があってのことでは無く、ただ思想家が考えたものでしかない。妄想と紙ひとえのものだ。それでは一体誰がこのような妄想を言い出したのかというと、最初に言い出したのは水戸藩の学者であった。これを吉田松陰という大馬鹿者が思想として体系化したのだ。吉田松陰と言っても殆どの人は名前くらいしか知らないだろうが、驚くべき風変わりな人物であった。人を疑うと言うことを知らずに、天衣無縫の子供のような人だった。そのわかりやすい事例としては、アメリカに渡ろうとして黒船に乗り込んだが拒絶され失敗をすると、自ら自首して出たというありえない馬鹿で、これが幕府の取り調べの際には幕府の役人に向かって幕府を倒して新たな革命政権を作らなければならないと言うことを蕩々と述べたのだ。自分の持論を述べることは悪いことではないが、お白砂に引き出され、取り調べの役人に向かって釈明をしなければならないと言うときに、幕府を打ち倒してなどと言うか、ということがある。司馬遼太郎は、これはもう狂気としか言いようがないと言っているが、それで幕府の役人を説得できたと思い込んで、近いうちに自分は釈放されるだろうなどと手紙に書いている。どこまで馬鹿なのかと思うが、勿論釈放などされるわけがなく、死罪が確定し、処刑されている。
人間的にはもの凄く親切で優しい良い人なので、最初は彼の元に子供が集まってきて、やがては若者もたくさん彼の元に集まってきたのだが、考え方としてはもの凄く過激で今であればイスラムの過激派の宗教家のような存在だったのだ。言うまでもないことだが、明治政府の中枢に居た人物の多くは吉田松陰の門下生でもあった。
吉田松陰の門下生であった者どもが、明治維新以降師の教えを世に広めようとした訳だが。
こうしたことは明治政府による典型的なプロパガンダなのだ。こういう信じがたいほどに独善的で奇妙な人物がまとめた思想をあたりまえのように言うというのは、いかに馬鹿マスコミの言うことは当てにならないかと言うことの証左でもある。

そもそも薩摩長州は、徳川政権を倒すために天皇を道具として利用したに過ぎない。
そのために「尊皇攘夷」という大義名分が必要となった。
これは、どこまでも大義名分に過ぎない。
薩摩長州のリーダー層が純粋に尊皇精神をもっていたかとなると、幕末動乱期の行動、手法が明白に示す通り、そういう精神は微塵ももち合わせていなかったとみるべきであろう。
尊皇攘夷を方便として喚き続けているうちに「王政復古」を唱え、何でもかでも復古、復古となり、大和朝廷時代が本来のあるべき姿であるとなってしまったのだ。
その結果、寺を壊せ、仏像を壊せ、経典を焼け、坊主を成敗せよ、となってしまったのである。

このように天皇制というのは、明治政府によって天皇を利用するためにはなりふり構わないという状況の下で、明治時代に作られた物であって、江戸時代には誰も天皇なんて知らなかった。知っているのは極めて僅かの特殊な人々でしかなかったと言うことすら知らない馬鹿が圧倒的多数なので、話がおかしくなる。
明治政府によって作られた様々な天皇を神格化するために作られた話を、未だに信じている馬鹿がマスコミの中にも多数いる。
最も有名なのが、錦旗の御旗を見た幕府軍が総崩れになったというものだ。
しかし、普通に考えてテレビも新聞も週刊誌も何もない時代に、どうやって天皇を知ることができたというのか。京都の田舎にひっそりと暮らしていた天皇のことを幕府の侍が知っている筈がない。
それほどまでに錦旗が力を持っているというのであれば、遙かな昔に後白河上皇が平家との合戦の際に錦旗を使っていたはずなのに、何の効果も無かったのはなぜか。
平家の武人達は皆天皇のことを良く知っていたはずで、当時の天皇は幕末の天皇とは比べものにならないほどの権威を持っていた。それなのに錦旗は何の役にも立たなかったのだ。
要するに、明治政府が作ったでたらめな話を圧倒的多数の馬鹿が、皆信じていると言うことが問題なのだ。明治政府は政を行うに際して天皇というものが必要だったから、必死になってあることないことを誇大に宣伝して、天皇の権威を高めることに躍起になっていたのだ。
しかし、今は明治政府ができた頃とは全く状況が違っている。従って、かつてのように、天皇家を天皇制がなかった頃の状態に戻してあげるのが最善と考える。
その方が天皇も肩の荷が下りて助かるし、喜ぶことだろう。
今のように天皇制の下では自由が殆ど無いわけで、天皇だけではなく皇室に所属している者は皆そうだが、特に男子は自由がない。江戸時代の天皇であれば、今夜は飲み屋にでも行って楽しみたいと思えば近くの飲み屋に出かけて行くことだってできたのに、明治以降の天皇制の下ではそんなことは不可能だ。天皇だって人間だ。たまには自分の好き勝手なことをしたいと思うはずだが、今の制度ではできない。
馬鹿には想像もつかないことだろうが、天皇というのは全く自由が無い。24時間耐えず他人の目があり、分刻みでやることが決められている。これが1年365日なのだから大変と言うより悲惨と言って差し支えが無い。
私だけでは無く、誰しもがこんな生活は厭だと思うはず。なぜ、自分なら絶対にいやだと思うものを他人に強いるのか。

ベストアンサー以外の回答

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mi5********さん

2018/4/2318:46:03

一子相伝です。
1000年2000年前から続くファンクラブに支えられています。
リアル「神!降臨!」です。
近親交配の大実験を延々と続けてきました。
以前は天皇家が国民の主(あるじ)でしたが、今では国民に養ってもらってます。
以前は侍従に命令していましたが、今では侍従が命令してます。
高齢者ばかりになったファンクラブの先細りで、不安な日々を過ごしています。

tai********さん

2018/4/2318:28:55

田舎者で間抜けな百姓とかケチな会社員しかいない日本国において一人くらい由緒ある血統の人間がいてもいいじゃないか。損はしないと思うよ!こういうのは理屈じゃないんだよ僕(汗)!
ところで真下に飛んできてるtoshi20037とかいう恐ろしく長い長い駄文を書きまくるタコが吸い付いてきてます。中身が無い牛の小便みたいな駄文だから誰も読んで呉れない。嘘だと思ったらこいつのBA率を見てみ、なんと10%で大笑いすっから(笑)。

法学徒さん

2018/4/1807:32:57

生まれながらの地位ですから
だから君主なんです

hg1********さん

2018/4/1720:41:50

現行憲法を根拠としているが、これが国民審査を経ずに生まれたから、まずは憲法改正を発議し国民審査を受ける他は無い。

mnb********さん

2018/4/1720:26:23

現在天皇家の象徴とされている、
本物の三種の神器は瀬戸内海の海の中らしい。

昔は、天皇家の正当性を疑問にしている人がいた。
南朝の天皇が滅びたので、
北朝の天皇は、正当な天皇でないと言う人がいた。

よくわからない昔の事、、、、

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