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南京虐殺についてです。私はあった派でもなかった派でもありません。 事実が知...

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ID非公開さん

2018/4/1820:30:40

南京虐殺についてです。私はあった派でもなかった派でもありません。

事実が知りたいのです。

本当に南京で/20万人もの/一般市民が/南京陥落後数ヶ月で/虐殺されたのか?

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ポアロさん

2018/4/1823:12:30

ネットなんかで訊いてはいけません。
専門書を読むべきです。
基本は秦 郁彦『南京事件―「虐殺」の構造 』(中公新書) でしょうね。

ただしこの本、今は出所が怪しいとされる 曾根一夫証言や本多勝一の聞き書きがそのまま載っているので注意は必要です。

あとは

洞富雄 編『日中戦争 南京大残虐事件資料集』(青木書店)
南京戦史編集委員会『南京戦史』(偕行社)

などが有用です。

  • ポアロさん

    2018/4/1920:03:11

    ほらね、私がネットで訊いてはいけないと言う理由はこうして、「間違い」又は「思い込み」によるの意見が堂々とした論陣を張ってくるからです。
    早速来ました。

    >、南京からそんな報告がされたことも、そんな記事が世界のどこかの新聞に載ったことも一度もなかったのですよ。

    いいえ、記者がリアルタイムで発信した「ニューヨーク・タイムズ」と「シカゴ・デイリー・ニューズ」の一連の記事は、リアルタイムで掲載されています。

    >南京には大勢の従軍記者がいたにも関わらず。

    いいえ南京に居た欧米の報道関係者は陥落前に退避します。
    ところが彼らの乗った船は揚子江上で撃沈されました。(パネー号事件)(12月12日)
    九死に一生を得た数人の記者は南京に舞い戻りますが、この船の一件が一面になり、南京の実態報告は小記事となりました。
    欧米人には中国の民衆より同胞の安否が切実だったのです。

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tai********さん

2018/4/2420:51:35

>もし↑が真ならば、松井大将はなぜ元帥に列せられなかったのでしょう。
>敵国の首都を見事に陥した司令官なんですよ。
>20万以上の敵を壊滅させ首都を陥落した司令官で昇進しないってあるのでしょうか。
> 松井は馘首されそのまま退役になっています。クビになっているんです。
>松井は皇軍の恥となるような醜態をさらしたと憤る将官が何人かいますが、理由はやはり南京でしでかした不始末なんでしょうね。
> 表向きは「敵と勝手に独断で和平交渉しようとした」という事にされていますが。

松井は南京事件を知ったのは、戦後の東京裁判で被告とされてからですよ。
松井は当時でも不法があったのは知っているが、わずかだったと言って、世に言われる事件と言えるぐらいに大規模な虐殺や暴行の存在はずっと否定しています。
表向きではなくて、本人も和平交渉で煙たがられたのを理由だと言っていますよ。
だから、南京虐殺がなかったと言うつもりはないですけど、松井の言葉が嘘だと言うならはっきりした根拠が必要ですよね。

あと松井は、日中戦争で予備役から戻された人で、半分はご隠居の身ですよ。
元帥になると、生涯現役になるのを知らないんですかね、この人は。
元から予備役にされるくらいには説教臭いうるさ型の松井を、それより下の世代の陸軍軍人で好んでいた人はいません。
和平を蹴っての戦争継続は総理の近衛が推し進めたけど、陸軍省も賛成でした。内閣や陸軍省の方針にも合わない、一時的な呼び戻した人を現役で居座り続ける事態になるからでしょう。

南京事件の話が複雑になるのは、なかった派だけでなく、あった派も知った風なことを言って自分が思ったことを真実のように語って、「だから、あった」の理由にしているせいですよ。

poi********さん

2018/4/2418:46:49

最初の方で答えたpoi********と同じ者です。
久しぶりに観に来ましたが”案の定”ですね。

>南京に仕事で行っても
そのような人はいなかった。

自身の経験だけでその様に語るのは、とてもスタンスとして正しくない軽挙な考えです。
100万都市の南京城内はこの時20万になっていたのだから、元々市民の20%しか体験していない。しかも安全区の20万人には日本軍は組織的には便衣兵の取り締まりしかしていないから、広島や長崎の場合と同列に考える事自体が間違っています。

市民被害の実態が知りたいのなら郊外に行かなくては駄目でしょうね。
最近ジャーナリストの清水潔氏は実際郊外を訪ねて何人かの証人を取材しています。
1928年生まれの女性で艾義英 氏は当時「許港」という村(南京から45㎞)に住んでいました。

『「南京事件」を調査せよ』(P114)
「村の人が日本軍を歓迎すると言い出しました。並んで彼らと握手しましたが、しかし関係なく殺されました。日本軍は村の広場みたいなところに一列に並ばせて彼らを機関銃で十数人射殺しました。」



>松井石根大将は、(略)
>また日本軍の中で、誰より支那を愛し、支那の平和を願ってる人物でした。

確かに大亜細亜主義者で陸軍きっての”支那通”なんですが、戦争に際し松井大将の自論は「支那一激論」でした。つまり一気にやっつけるべしという戦略論です。首都を攻略すれば支那は簡単に降伏すると考えていたのです。松井の軍は東京が制止するのもきかず南京に勝手に進軍しました。

>松井石根大将は、南京戦直前、部下に対して絶対安全租界に攻撃しない様に厳しく注意してるのです。

安全区は比較的安全が保たれました。だから区内の20万人はそのまま居残ったのです。

>安全租界には、20万人の南京市民がいましたが、20万人しかいない南京市民をどう30万人虐殺出来るのでしょうか?

この否定論がまだ出るのですか?
犠牲者は安全区の20万人ではなく、城外の市民と降伏した捕虜です。
自分で安全区の話をしているのだから、被害の対象はその外であると考えないのが不思議です。論理的思考ではない。

>日本軍兵士は、南京戦で破壊されたインフラ網や道路を修理し、復旧作業も手伝いました。

これも正しいですが、日本軍は入城後すぐに電力会社社員や警察官、治安維持用の臨時の非武装警察官など殺してしまったので、その分苦労していますけど。
この話は「南京安全地帯の記録」という正式な抗議文に書いてあります。

>平和が蘇った南京には、郊外からも野蛮な地元軍閥の弾圧や殺戮を逃れ農民などが避難して来ました。
>南京戦終結から1ヶ月で、南京の人口は、50000人増加してるのです。

南京の城門は2月25日まで日本軍により厳重に警備されていました。一般人の出入りは基本不可能です。
増えた五万は城内の各地に潜伏隠れていた市民が食料配給のある安全区に移動したのだとラーベは日記に綴っています。


>国際安全租界には、外国人記者や著名人もいましたが、日本軍による虐殺なんぞ確認されてません。

嘘ですよ。外国人記者は15日の船で強制退去させられました。安全区掃討作戦が本格化したのはその退去を見計らってです。
著名人とは誰の事ですか?

>あった!と証言したのは、反日の宣教師や武器商人位です。

日本人の証言を無視するのは何故なんでしょう。


>しかし、昭和44年、日本の台湾使節団が訪台し、
>蒋介石氏に面談した際、使節団に松井石根大将の秘書だった方もいました。
蒋介石氏は、この松井石根大将の秘書だった方と再会し、
>涙を浮かべ、南京大虐殺など無い、南京にいた私の部下からもそんな報告は、聞いてない、松井氏は、無実の罪で処刑された。申し訳ない。と話されたのです。

上記は田中正明氏の談話です。
氏は岸伸介首相の名代として41年9月23日の夕食会で蒋介石と会っています。

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/tanakashoukaiseki.html

なぜ44年としたのか分かりませんが、子細な事はいいでしょう。
しかしこの怪しげな文章を”否定論の決定打”の様に書かれてしまうのでネットは怖いのです。
使節団の一員でこの会話を見たり聞いたりした人は田中氏以外一人も居ません。
田中氏は有名は南京否定論者でこの会見のあと二冊の南京否定本を書いていますし、各地で講演を行ったりもしているんですが、このビックニュースについて全く触れた事が無いのです。
2001年の講演になって突如として話し始めるのですね。
35年間もなぜ秘めていたのかは分かりません。

田中氏は松井大将の近くにいた人物ですので守ろうという気持ちは分かります。
私も松井大将の人柄は尊敬しています。
そこでこれなんですが、

>南京大虐殺は、嘘でっち上げです。

もし↑が真ならば、松井大将はなぜ元帥に列せられなかったのでしょう。
敵国の首都を見事に陥した司令官なんですよ。
20万以上の敵を壊滅させ首都を陥落した司令官で昇進しないってあるのでしょうか。
松井は馘首されそのまま退役になっています。クビになっているんです。
松井は皇軍の恥となるような醜態をさらしたと憤る将官が何人かいますが、理由はやはり南京でしでかした不始末なんでしょうね。
表向きは「敵と勝手に独断で和平交渉しようとした」という事にされていますが。

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2018/4/2114:26:17

無い、有った派に分かれて、くだらん主張やるのが愚かなのです。
何故かと言えば、南京大虐殺は、造られた事件ですからね。

南京戦は、日本軍と支那国民党軍による戦いでしたが、
日本軍の総指揮が松井石根大将、
支那国民党軍の総指揮が蒋介石でした。

松井石根大将は、蒋介石氏が日本に留学した際、彼の下宿の世話をし、
色々相談にのってあげた人でした。

また日本軍の中で、誰より支那を愛し、支那の平和を願ってる人物でした。

蒋介石氏も親日派で、日本に親しみを持つ人でした。

そんな2人が何故この様な戦いを繰り広げたのかと言えば、支那共産の罠でした。
国際コミンテルン支那共産が、くだらん排日排斥を目論んで、
在留邦人に殺戮テロをやりまくってる時代でした。
華夷秩序から支那にのさばる外国人を敵とし、アメリカ軍兵士まで襲撃してるのです。
日本は、一番排外対象にされました。
昭和2年に南京事件がありました。
大虐殺だの喚くデタラメな南京事件でなく、南京の各国大使館が支那外国人排斥テロ被害に遭った事件です。
7名の在留外国人が殺害されました。
この際、アメリカやイギリスは、報復の砲撃を支那革命軍にやりました。
しかし、日本は、支那との関係悪化を懸念し、支那革命軍に報復を行いませんでした。
これが支那共産が日本を舐めくさり、排日テロを強めて行くきっかけになったのです。
在留邦人や日本軍兵士が殺戮された済南事件が起きたのもこの後でした。

蒋介石氏は、支那共産のシンパに拉致されました。
釈放条件に共産側は、蒋介石氏に抗日戦に尽力尽くせ、協力を誓わされ釈放されました。
蒋介石氏は、親日でしたが止むを得ず共産側に同意し、膨大な支援金をもらいながら日本軍を戦乱へと誘発。
つまり保身から日本を裏切りました。

途中はしょりますが、通州事件など支那在留邦人が大量殺戮テロに巻き込まれる排日テロが後を絶たず温厚、お人好し日本もついに軍派遣強化し、支那国民党軍との戦争になったのです。

そして、日本軍は、進撃を続け南京戦が繰り広げられ、日本軍が昭和12年12月南京戦で勝利を収めました。

この際、日本軍が南京市民30万人を虐殺した!というのが南京大虐殺ですが、
松井石根大将は、南京戦直前、部下に対して絶対安全租界に攻撃しない様に厳しく注意してるのです。
南京戦直前には、市民に避難勧告を出し、金持ち市民は、皆上海や香港に避難して行きました。
残りの貧しい市民は、外国人が作る安全租界に皆避難したのです。
安全租界には、20万人の南京市民がいましたが、20万人しかいない南京市民をどう30万人虐殺出来るのでしょうか?

日本軍は、国民党軍を撃退した後、安全租界に避難してる市民を保護し、食べ物、水を与えました。

また南京には、平和が蘇り、避難した市民は、続々と南京に帰って来ました。
日本軍兵士は、南京戦で破壊されたインフラ網や道路を修理し、復旧作業も手伝いました。
平和が蘇った南京には、郊外からも野蛮な地元軍閥の弾圧や殺戮を逃れ農民などが避難して来ました。

南京戦終結から1ヶ月で、南京の人口は、50000人増加してるのです。

日本軍野戦病院には、国民党軍兵士の怪我人もしっかり入院し、治癒されてました。

南京大虐殺があったら、そんな光景は、まずあり得ません。

国際安全租界には、外国人記者や著名人もいましたが、日本軍による虐殺なんぞ確認されてません。
あった!と証言したのは、反日の宣教師や武器商人位です。

南京大虐殺は、支那共産軍、国民党軍の元馬賊や愚連隊寄せ集め兵士が、
同胞人民にやらかした蛮行を日本軍がやったとでっち上げた嘘事件です。

支那国民党機関紙に、残虐な処刑や遺体の写真募集がありました。
日本軍関係なく悲惨な写真を賞金付き募集し、不採用者には、写真返却するもので、日本軍関与関係なく、悲惨な写真を募集し、アメリカ様に日本が支那で、こういう酷い事をしてる!と被害者プロパガンダやるためでした。

アメリカは、これらを信じ、支那が可愛相と対日戦プランを強化。
やがて、大東亜戦争で、日本永久無力化、日本民族抹殺をやらかして行きました。
原爆や無差別爆撃で、日本民族大殺戮やった事を正当化する必要から、
軍事裁判で日本戦犯をなすりつけるため作り出したのが南京暴虐、南京大虐殺でしたが、
敗戦し瀕死だった日本は、加害者レッテルを貼られたまま今に至ります。

しかし、昭和44年、日本の台湾使節団が訪台し、
蒋介石氏に面談した際、使節団に松井石根大将の秘書だった方もいました。
蒋介石氏は、この松井石根大将の秘書だった方と再会し、
涙を浮かべ、南京大虐殺など無い、南京にいた私の部下からもそんな報告は、聞いてない、松井氏は、無実の罪で処刑された。申し訳ない。と話されたのです。

南京大虐殺は、嘘でっち上げです。

わっかさん

2018/4/2106:13:38

具体的な数を除けば、政治的には日本政府の公式見解は「あった派」です。
それとも、一つでも違えば、なかった派になるのでしょうか?
私はこの問題が政治的に扱われなくなってから、つまり「史観」と言う政治的解釈から自由になれてから、初めてピュアに歴史としての研究対象となれるのだと思います。現王朝の間はひたすら資料を書き残し、正史を編むのは次の王朝になってからという、古来の中華帝国の知恵は、故無き事ではないということ。
私の時代には無理。あなたの時代でも無いかも。
「〜であって欲しい」と言う意識が漂白された後にしか見えてこないものはいっぱいあるのだよ。

btm********さん

2018/4/2105:19:11

過去に南京で虐殺はありました。
しかし、日本軍はしてません。日本を攻撃する誹謗宣伝にすぎません。
むしろ、逃げる国民党軍と洋平、傭兵が市民を殺しています。
それと、嘘にもかかわらず、当時、関係者が情報提供してるわけですが、誇張されたり、社会党、連合が協力しています。今も関係者は生きており、だんまりです。
いい思いしてるのでは。
それから、従軍記者をしていた毎日新聞社の記者は現地にいました。
その関係者はなぜ、本をださないのか?売れるのでは。
写真も撮っているはずです。
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