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『衆』と『任侠欣ぶべき芸者』というのはどんな人ですか。

tra********さん

2018/6/1413:42:45

『衆』と『任侠欣ぶべき芸者』というのはどんな人ですか。

この二つの表現は下のテキストに出ています(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/177_15162.html):

「それから一言いちごんの挨拶もせず、如丹と若い衆との間の席へ、大きい体を割りこませた。保吉はライスカレエを掬すくいながら、嫌な奴だなと思っていた。これが泉鏡花の小説だと、任侠欣ぶべき芸者か何かに、退治られる奴だがと思っていた。」

それでは、『。。。退治られる奴だがと思っていた。』の部分はどういう意味ですか。

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goo********さん

2018/6/1417:45:52

青空文庫のテキストをそのままコピーペーストしますと、ルビの部分が漢字の直後に入ってしまいます。「一言いちごん」のように。これは削っておいた方がいいでしょう。

「衆」は、「ある集団を形づくる特定の人々。」という意味(大辞林)ですが、「若い衆」だと「若い男(たち)」という意味になります。読みは「わかいしゅ」です。
ただし、「衆」の持っている「ある集団」という意味を引きずっていますから、単に若者、若い男を「若い衆」とは言いません。「町内の若い衆」「尾崎組の若い衆」のように、属する集団を表す語とくっついて使われるのです。
この箇所だけだとその集団は分かりませんが、引用部分の少し前に、彼を指す「河岸の若い衆」という語があります。つまりこの「若い衆」は「日本橋の魚市場で働いている若い男」という意味です。

「任侠欣ぶべき芸者」の「任侠」は「弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと。」(大辞泉)です。「欣ぶ」は「喜ぶ」の異字で「好む」くらいの意味、「べき」は助動詞「べし」の連体形ですが、文語では確信の意味になります。つまり、「勝ち気で、義理や意地を命より大事にしているであろう芸者」といった意味になります。
そういう芸者について、「泉鏡花の小説」に出てくると保吉=芥川は思っていますが、これは鏡花の「日本橋」に出てくる、お孝という芸者のイメージでしょう。もっとも「日本橋」は厳密には小説ではありませんが。
彼女は痴情のもつれで短刀で斬られそうな状況でも、「殺すなら『葛木』(惚れている男の名)の字の形に刺して殺しなさい」と啖呵を切るような女です。鏡花の小説ならば、彼女のような「男前」な芸者が、マナーの悪い「嫌な奴」をへこませてくれるだろうに……と保吉は考えているのです。なお「退治られる」は「退治する」の古い言い方として「退治る」という動詞がありましたので、その受身の形です、つまり「退治される」という意味です。

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ベストアンサー以外の回答

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mug********さん

2018/6/1414:15:26

「若い衆」は「若いひとたち」の意。

「任侠欣ぶべき芸者」はおそらく気風のよい深川芸者などのことでしょうか。

「退治られる」は「退治る」の未然形+受身の助動詞「れる」・・・「やっつけられる」の意。

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