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今昔物語集の羅城門では下人は老婆の衣、死人の装束、抜いていた髪の毛を奪い取り...

chi********さん

2018/6/2814:06:38

今昔物語集の羅城門では下人は老婆の衣、死人の装束、抜いていた髪の毛を奪い取りましたが芥川の羅生門は下人は老婆の着物だけ剥ぎ取りました。

少しでも金になるものを全て取るのと、盗人になる覚悟を形にし着物を取ったとその違いはわかりますがなぜ羅生門では、着物だけにしたのでしょうか?

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taroさん

2018/6/3019:15:44

芥川龍之介自身、「死人の髪を抜く」意味がわからなかったのだろうと思います。

平清盛は日宋貿易を始めましたが、日本からいろんな物品を輸出して、中国からは宋銭を輸入しました。つまり、貿易を盛んにするとともに、貨幣経済を発達させ、商人が活動しやすくすることで、日本の経済を改革しようとしていたのです。

平安時代は、商いをするものは賎民階級であり、被差別状態にありました。その者たちに光を当てよう、というのが平清盛の先見性であったのです。

ところで、日宋貿易の物品リストの中に「かつら」というのがあるんです。輸出産業にするためには、結構な生産体制が出来上がっていたに違いありません。

つまり、この老婆は「かつらシンジケート」の末端に位置する賎民だと考えて間違いない。

老婆が持っていたもので一番高く売れるのは「髪の毛」でその次が「着物」です。
今昔物語集の時代にはそのことがいしきされていたので、髪の毛を盗んでいったのですが、芥川にはきっとわからなかったのでしょうね。

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cid********さん

2018/6/2818:19:58

まず、今昔物語集の下人は芥川の描いた下人よりもかなり悪のレベルが高いです。

今昔→盗みを働こうという意思を最初から持っている
羅生門→最初は盗みを働く勇気があまり肯定できない

また、今昔物語集のほうはただただ起こった事を淡々と第三者目線で見ているような感じですが、芥川の羅生門では下人をピックアップしていて、読者たちに下人の目線で読ませています。


芥川が生きていた頃はそれまでの、あらゆる「つながり」が急に崩壊した時代です。
(親が決めた結婚相手、地域共同体、殿様を頂点とした組織体制など)
そのため「個人」というものができました。
それ故に際立ってきたのが「エゴイズム」です。

長々と書きましたが、結局、芥川はそんな生活をしてきて、今昔物語集の「the 悪」のようなものではなく、「善悪の定義の曖昧さ」や「世の中のエゴイズム」を羅生門に描き、その時代の読者にありありと届けたかったんだと思います。
そう描くために下人に最初から盗人になる勇気を持たせなかった。着物以外も全部取らなかったのは、今昔物語集のように盗みを目的として来ておらず、その場で下人は急に悪になるときめたからです。「盗んでやるー!」という気持ちより「悪になってやるー!」という気持ちを芥川は描きたかったんだと思います。

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