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三国志の魏について質問です。 もし、郭嘉が長生きしていたら、司馬懿のクーデタ...

ric********さん

2018/7/2323:59:01

三国志の魏について質問です。

もし、郭嘉が長生きしていたら、司馬懿のクーデターは防げたと思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

zez********さん

2018/7/2411:37:50

郭嘉は司馬懿よりも9歳年長です。司馬懿が曹爽に対するクーデターを仕掛けたのは当時としては高齢の70手前で、それより9歳も年長の郭嘉がどれだけのことを出来たやら。

司馬懿は曹操にはさほど重用されず、息子の曹丕に重用されて以後重臣となりました。親から覇業を受け継いだ二代目が、親の重臣を煙たく思って自らと親しい人間を重臣に取り立てるのは洋の東西を問わぬ(現代でもオーナー創業者が二代目に事業を受け継がせるときにはよくある話です)現象です。その次の曹叡は母后が処刑されて本人も半ば流罪のような時期を過ごしていたところからの大逆転での即位なので中央政界に独自の人脈がなく、それを補うために父が重用した重臣たちをそのまま活用するという決断を下します。この二代に重用されたことで司馬懿が魏の重臣トップに躍り出ることになります。
こうした流れを郭嘉が止めるのは、おそらく無理ですね。そんなことが出来るようなら、その時点で郭嘉にはもう「クーデターを起こした後の司馬懿」に匹敵するかそれ以上の権力・影響力があることになってしまいますよ。

司馬懿のクーデターも「曹爽に対するクーデター」であり、曹爽って誰やねんってことを思い出してください。魏の皇帝そのものではなく、曹操の甥である曹真の息子です。父は皇族筆頭級として、また歴戦の武将として多くの人の人望を集めていましたが、その息子である曹爽は司馬懿と並んで幼帝の補佐を遺言されはしたもののぶっちゃけ「親の七光り」でしかなく、さらに司馬懿の権力を奪わんとしてさまざまな小細工を繰り返し、そして司馬懿が持っていた軍権を奪おうと蜀に攻め込んで惨敗を喫するなど無能さまでも露呈させてしまいました。司馬懿のクーデターが成功したのも、こうした曹爽の器量・力量の限界を諸将たちが悟っていたが故です。

郭嘉がもし長生きしていたとしても、彼は史実でみられる通り「既成道徳なんて知ったことか」なスタンスを貫いた人です。実力のない親の七光りを守って、長年実力で魏に貢献してきた武将が冷遇され抹殺されようとするのを止めるでしょうか? 郭嘉の忠誠心の対象は間違いなく「曹操」にあり、「魏」という枠組みそのものに対してどこまで忠誠心があったやら(そもそもそんなのを大事にするのなら、先に「漢」という枠組みに対して忠誠を誓っていたでしょうね。荀彧のように)。

質問した人からのコメント

2018/7/29 01:55:38

郭嘉に曹爽を助ける義理はありませんね。

回答して下さった お二方ありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

chi********さん

2018/7/2411:21:30

司馬懿のクーデターは249年ですが、170年生まれとされる郭嘉がこのとき存命だとすると79歳ということになります。

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