ここから本文です

南鐐二朱銀の発行以降、小判と丁銀の出来高は減っていったのですか。 小判一両...

rit********さん

2018/7/2822:08:10

南鐐二朱銀の発行以降、小判と丁銀の出来高は減っていったのですか。

小判一両に対して銀60匁とかの相場がたっていたようですが、その売買差益で両替商は利益を得ていたと思います。

それが、丁銀を潰して南鐐二朱などの計数銀貨を発行しますので、どうしても取引の出来高もへっていったのでしょうか。
しかし計数銀貨の発行があっても、丁銀はその後も発行されていきます。
すべて置き換える考えはなかったのでしょうか。

閲覧数:
18
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

for********さん

2018/7/2905:59:11

下のサイトの最後の方に、江戸時代の貨幣流通量のグラフがでています。
http://sirakawa.b.la9.jp/Coin/J055.htm
これを見ても計数銀貨(二朱銀など)が増加し、秤量銀貨(丁銀など)が少なくなっています。
金貨の4進法に対して、秤量銀貨の10進法の方が計算がしやすく、主に関西の商人たちは秤量銀貨の使用を好みました。そのため、幕府は完全になくすことはできませんでした。
明治元年に明治政府は、秤量銀貨を通用禁止にしました。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる