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戦国時代には平蜘蛛の茶器や茶道の焼き物は、織田信長が宣伝をした事にやり高価な...

kut********さん

2018/8/1312:23:27

戦国時代には平蜘蛛の茶器や茶道の焼き物は、織田信長が宣伝をした事にやり高価な物品になりましたが、江戸時代からは茶器の扱いは戦国時代より低くなったのでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

n22********さん

2018/8/1314:13:17

茶の湯は嗜みとしての茶道と、芸術としての茶道に分かれ、茶道具も自ずと実用価値のあるものと骨董品に分かれます、江戸の終わり頃になると廃れはじめ煎茶は敬遠されますが、明治に入り煎茶文化は教養が引き継ぎます、これが現在の茶道です、道具は分かりません、お役に立てるよう次は頑張るよ。

質問した人からのコメント

2018/8/20 00:04:25

ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

chd********さん

2018/8/1613:20:34

日本は島国です。耕地面積がとても狭いです。
武士は武勲をあげて領地をひろげていきます。
鎌倉時代末期には蒙古襲来があり防衛戦争をしました。
勝ったものの恩賞の領地が不足し不満爆発で幕府は崩壊しました。
室町時代は相続問題がこじれて内戦勃発で崩壊しまして戦国時代になります。信長はこんな背景で台頭してきました。
恩賞の土地も大事だがそれ以上の付加価値を官位と茶道具を褒美としてあたえることにしたのです。
後の政権の秀吉も家康もこれを踏襲しました。
東山御物や唐物を超一級品として価値あるものを整備していきました。
秀吉時代の茶道の先生のなかの先生が利休さんです。
江戸時代も流行り廃りもあるが価値あるものはそのままの価値だとおもいます。

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