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fob********さん

2018/8/1620:09:09

●2018.8.12 05:00更新
【主張】
首相も「出馬」表明 9条改正大いに論じ合え
http://www.sankei.com/column/news/180812/clm1808120002-n1.html
安倍晋三首相が地元山口県の会合で
「6年前に自民党総裁選に出た時の志はみじんも変わることはない」
と述べた。
事実上の出馬表明である。
10日に表明した石破茂元幹事長との一騎打ちとなる構図がはっきりと見えてきた。
党内の幅広い支持を得ている首相の出馬は当然視されていたが、「3選」に向けて大いに政策論議を戦わせてほしい。
首相が外交・経済の基本路線を継続するとしても、政策の修正や強化の必要性について最大与党が定期的に検証することは欠かせない。
石破氏との真正面からの議論を国民に示す必要がある。
注目すべきは、首相が憲法9条に自衛隊を明記する改正について
「大きな責任を持っている」
と語ったことだ。
石破氏も同じく9条改正を主張するが、戦力不保持を定めた2項の削除を求める点で首相とは立場が異なっている。
9条改正について首相は
「勇気を持って説明していきたい」
と訴えたが、石破氏は
「優先順位が高いとは私は思わない」
と述べている。
それでは期待する正面からの論戦とはなりにくい。
なぜ自衛隊を明記すべきかという根本的な意義を含め、この機会に両氏には、国民の前で分かりやすく論じ合ってもらいたい。
その前提として、北朝鮮や中国の動向など安全保障環境の大きな変化や、トランプ米政権との間での日米同盟のあり方についても認識を明らかにしてほしい。
保護主義を強める米国とどう付き合っていくか。
自由貿易や民主主義の価値観が死活的に重要な日本にとっては文字通り、かじ取りにかかわる問題である。
首相は森友、加計問題にも触れて
「再発防止を徹底的に進める」
と語った。
石破氏がこの問題を念頭に
「正直、公正」
を掲げたことも意識したのだろう。
佐川宣寿前国税庁長官の虚偽答弁や財務省の公文書改竄などは行政に対する国民不信を募らせた。
問題を長引かせ、国会審議の停滞を招いた面も大きい。
石破氏の問題提起を受け止め、論争を機会に行政の立て直しや信頼の回復を図らなくてはならない。
首相の政権基盤が強固となるなかで、党内の政策論議が停滞するきらいもあった。
両氏の論争に連動し、支持する議員らも内外の政策を吟味し、論争を盛り上げることに腐心してもらいたい。

●マスコミと官僚の「小ウソ」 モリカケで1年半騒いだが政権批判に国民騙されず
日本の解き方 高橋洋一
2018年7月27日 夕刊フジ
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180728/soc1807280006-n1.html?owne...
最近、1年半も続いた「モリカケ」の報道が見られなくなった。
明らかになったのは、大手マスコミは証拠もなく、
「安倍晋三総理が関与している」
「安倍総理の意向であった」
など、裏が取れていない誤報レベルの報道を続けたこと、財務省では事務ミスを糊塗するために文書改竄にまで手を染めていたことだ。
筆者にとって、財務省の文書改竄は想像のレベルを超えていたが、本コラムでも1年前から佐川宣寿・前国税庁長官の国会答弁がおかしいことは指摘していた。
マスコミがもっと早く、問題は安倍総理にあるのではなく、財務省であることを追及していれば、20年前の
「大蔵省スキャンダル」
で同省が解体されたような大きな動きを作れたはずなのに、結果として温存してしまったのは痛恨だ。
それにしても「モリカケ」はくだらない案件だった。
森友学園問題は、近畿財務局が国有地売却時の原則である公開入札を行わず、地中のゴミに関する開示が不十分だったために、籠池泰典被告と近畿財務局の間でトラブルになったことが本質的な原因だった。
「総理の関与」など考えられないような地方案件である。
加計学園問題も、文部科学省が学部新設の認可申請を門前払いするという前時代的な規制を緩和するという小さな案件に過ぎない。
「総理の意向」などあり得ないことについては公開文書で簡単に分かる。
筆者1人で公開資料からでも分かることが、どうして大新聞など組織力もあるマスコミで分からないのか不思議で仕方ない。
正確に言えば、マスコミでも分かっている人はいる。
筆者に連絡してきたある人は、筆者が書いたものを読み、その通りなのだが、自分は会社人間なので書けないと言っていた。
さぞかし悔しかっただろう。
いずれにしても、「モリカケ」の両問題の流れはそっくりである。
まず、総理と当事者の関係を指摘する。
両当事者とも総理(または総理夫人)と知り合いであり、これらは事実だ。
そこで、
「知り合いだから便宜があったはずだ」
と、論理が飛躍する。
それを信じさせるような客観的な証拠があれば別だが、それがない。
当初あったのは、森友問題では籠池被告の証言、加計問題では前川喜平前文科次官の証言だけだった。
しかも、それらはかなり信憑性に欠けた。
というのは、前者では第三者の書いた「鴻池メモ」、後者では文科省と内閣府が合意し公表された国家戦略特区ワーキンググループの議事録にそれぞれ反しているからだ。
しかし、ほとんどのマスコミはそうした客観的な事実や官僚のチョンボは報じないで、安倍批判のみを報じた。
この1年半の間に重要選挙もあったが、国民は大手マスコミに騙されず、安倍政権が勝利した。
もし、「モリカケ」で安倍政権が負けていたら、大きな国損だったはずだ。
詳しくは、本コラムをまとめた
『マスコミと官僚の小ウソが日本を滅ぼす』(産経新聞出版)をお読みいただきたい。
(元内閣参事官・嘉悦大教授)

●「権力の監視」は、我々国民がマスメディアに付託したものではない
2017年2月1日 7:07:00
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-2598.html
このところ、政治関連のニュースはドナルド・トランプに独占された状況が続いている。
大統領就任後、矢継ぎ早に大統領令に署名し、選挙期間中に政策を実行段階に移している。
彼の手法は、今までのリーダーと比較すると遥かに乱暴だが、かといって法に反しているわけでもなく、単純に言えば、彼の主張に賛同した有権者の期待に応えているだけである。
彼は民主主義のシステムによって大統領に選ばれたのであり、これも民主主義のひとつ結実なのだ。
ところが、このトランプにはメディアが黙っていない。
NYタイムズやワシントンポスト等々、米国メディアが盛んにトランプを批判する一方、トランプの側も
「私はメディアと戦争状態にある」
と言い、報道機関を
「地球上で最も不正直」
と斬り捨て、批判の応酬が続いている。
日本のメディアも概ね批判的ではあるが、やはり左派メディアのトランプ拒否反応が強い。
その筆頭が朝日新聞だ。
29日(日)、社説で
「米政権と報道 事実軽視の危うい政治」
という社説を掲載し、メディアとの対立を鮮明にするトランプについて、こう切り出した。

<自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである。
トランプ米大統領には、その理解がないようだ。>

さて、権力の監視とやらを、米国民も日本国民も、メディアに託したのだろうか。
メディアが権力の監視を自分に課した使命だと位置づけるならそれはそれで勝手だが、それは国民の負託を受けたものではない。
メディアが勝手にそう思っているだけなのではないのか。
朝日のような新聞の傲慢さとは、この「勘違い」から始まっているのではないのだろうか。

<権力者の言動をメディアが点検するのは当然のことだ。
報道に誤りがあれば、根拠を示して訂正を求めればよい。
政権が一方的に攻撃し、報復まで示唆するのは独裁者の振るまいだ。>

これも手前勝手な理論である。
権力者の言動を点検するのはご自由に、である。
だが、報道が間違っていた場合、メディアは自分らに対する批判を、同じ態度で受けることはない。
吉田証言の間違いを認めた歴史的捏造報道の後でさえ、朝日は
「これは女性の尊厳の問題」
と論点をすり替えたのは記憶に新しい。

<「事実」を共有したうえで、議論を重ねて合意を築くのは民主主義の基本だ。
政権が事実を曲げたり、軽視したりするようでは、論議の土台が崩れる。>

この部分は、あえて指摘するまでもないだろう。
事実を曲げることは報道の土台を崩す行為だが、朝日は常習犯である。
「どの口が言っているのか」
と、反射的に思う人は少なくないはずだ。

<一方、ツイッターでの発信をトランプ氏は今も続けている。
政治姿勢を広い手段で明らかにすることはいいが、自分に都合の良い情報だけを強調し、気に入らない情報は抑え込むという態度は許されない。
権力と国民のコミュニケーションが多様化する時代だからこそ、事実を見極め、政治に透明性を求めるメディアの責任は、ますます重みを増している。>

これは、メディアが「中抜き」されることへの危機感の表れだろう。
いまや、政治家がTwitterやFacebookなどSNSというツールを使い、有権者と直接コミュニケーションを取る時代である。
政治家の生の声が有権者に伝われば、マスメディアがその言葉にバイアスをかけることが難しくなる。
その時代に、マスメディアが権力者に対し、
「まず俺たちを通せ」
と言っているのだ。
これは、縄張りを仕切ろうとする街のチンピラと同じで、自分たちの既得権益を脅かす者への警告 ―― 平たく言えば脅しだ。
「バイアスこそ、マスメディアの価値だ」
と自白しているに等しい。
彼等は、権力を監視するのがメディアの使命だと言う。
しかし、そのメディアも
「第四の権力」
と言われる通り、情報を軸としたヒエラルキーの頂点に立つ存在だ。
ならば、彼等マスメディアを監視することは、国民にとっての使命である。
特に歪曲と捏造を得意とするメディアに対しては、我々の刮目が必要だ。

ebv********さん

2018/8/1620:06:15

●野党やマスコミの「倒閣運動」 憲法改正阻止が狙いか
2018年5月2日
日本国憲法は、2018年5月3日の憲法記念日で施行71周年となる。
現行憲法の条文の大半は、GHQ(連合国軍総司令部)民政部に所属するコートニー・ホイットニー准将以下、25人の米国人が英語で書いた「GHQ草案」の和訳である。
草案はダグラス・マッカサー元帥の命令で作られたので、「マッカサー草案」とも呼ばれる。
突貫工事だったので日本の民間人が作成した憲法私案も参考にしたそうだ。
だが、国家の基本法たる憲法を戦勝国が作成することは、当時すでに国際法違反だった。
GHQは日本メディアに「プレスコード」の遵守を命じて、この事実の報道を禁止し、徹底的な検閲を実施した。
日本メディアは今日に至るまで、当時の経緯を積極的には報道しない。
小中高校でも教わらないので、占領終了から丸66年になろうとする現在でも、日本国憲法の制定経緯を知らない日本人は驚くほど多い。
憲法9条で軍隊の保有を禁じた現行憲法を「平和憲法」と呼ぶ日本人は多い。
だが、GHQは「米国の平和」のために、日本に軍隊の保有を禁じたのだ。
憲法9条は「日本の平和」とは無関係な上に、敵の侵略の誘い水である。
憲法9条さえなければ、北朝鮮による拉致被害があれほど拡大することもなかったはずだ。
憲法改正の国民投票までに、全ての日本国民が理解しておくべき事実である。
安倍晋三首相は2017年の憲法記念日に、自民党総裁の立場で、自衛隊を憲法条文に明記する憲法9条改正案を提起した。
以来、野党やマスコミによる「倒閣運動」が本格化したという印象が強い。
2017年から続くモリカケ騒動と、最近の財務省事務次官セクハラ発言疑惑騒動を見ていて分かったのは、一部の国会議員やメディア関係者、さらにその支持者らは、「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」といった価値観を重んじる日本にとって、恥ずべき存在だということだ。
いつも、「人権を守れ」とか「立憲主義を壊すな」などと叫ぶ、弁護士資格を保有する超ベテラン野党議員までもが、国会では証拠を示すことなく、声を荒らげ、悪魔の証明を求めた。
安倍首相はもちろん昭恵首相夫人や、佐川宣寿前国税庁長官、福田淳一前財務事務次官らの人権には配慮しなかった。
憲法38条1項の
「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」
という規定を無視する人々は、
「魔女狩り」
に明け暮れた中世の愚かな大衆と同じだ。
祖国の未来より、国会議員の地位に留まることが重要な政治家は「日本の恥」の代表だ。
愛国者が彼らを「国民の敵」と見なすのは当然である。

●2013.7.20 09:02
【中高生のための国民の憲法講座】
第3講 主権者に憲法を取り戻そう 百地章先生
http://www.sankei.com/politics/news/130720/plt1307200073-n1.html
明日は参議院選挙の投票日です。今回の参院選では憲法改正がかつてないほど重要な争点となりました。
これは国政選挙では初めてといってもよいでしょう。
現行憲法の改正に不可欠な3分の2が結集できるか否かが、注目されています。
◆高いハードル
その「3分の2」というのは現行憲法96条の規定ですが、この条件を満たすのは大変難しい。
そのため、憲法制定から60年以上がたちますが、1度も改正されたことがなく、9条をはじめ現実との間にさまざまなギャップが生じています。
各種世論調査を見ても国民の多くは憲法を現実に沿うよう改正すべきだと考えています。
にもかかわらず憲法改正が実現しないのは、この高いハードルがネックだからです。
選挙前、多くのメディアが一斉に「日本の改憲条項は決して厳しくない」と言いだしました。
「米国も上下両院の3分の2以上の賛成で改憲が発議されている」
「ドイツも3分の2を課している」…。
これらの主張にはトリックがあります。
まず、日本の3分の2というのは総議員の3分の2。
それも衆参どちらにも課されています。
しかし、米国は定足数(過半数)の3分の2で足ります。だから総議員の3分の1以上が賛成すれば、米国では発議が可能です。
ドイツも、両院の定足数の3分の2の賛成で済みますし、日本のように国民投票まで要求していません。
96条の見直しに「クーデターだ」「裏口入学だ」などといった批判もありました。
しかし、本当にそうでしょうか。
憲法改正を入試に例えるなら、国会の発議は1次試験、そして国民投票が本番の2次試験ということになります。
ところがこの入試では、いつも1次試験で門前払いとなる。
全員不合格となって、誰一人2次試験に進めません。
果たして、これがまともな入試といえるでしょうか。
彼らはこれだけほころびが目立つ現行憲法を未来永劫、一切、変えてはならないと本気で考えているのでしょうか。
◆GHQの課した条件
憲法改正に厳格過ぎる条件を課したのは日本の弱体化を企図したGHQ(連合国軍総司令部)でした。
その当事者が
「簡単に変えられないようにした」
と証言しているのです。
改正に反対の人たちは、このことをどう考えるのでしょうか。
96条は「改憲条項」と呼ばれますが、実際は憲法改正を阻止するために利用されてきました。
つまり「改憲阻止条項」と化してしまったわけです。
本来、憲法は国民のためにあり、主権者国民の意思で憲法を改正することができないはずがありません。
ところが、国民の6割前後が憲法改正に賛成し、衆議院で3分の2以上の国会議員が賛成しても、参議院のわずか3分の1つまり81人(2014年現在83人)が反対したら、改憲の発議さえできないのです。
この壁を破るためにも、明日の選挙はとても大事です。

●第37講 96条改正は正当かつ必要 池田実先生
2014.3.15 09:07
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140315/edc14031509110001-n1.htm
第36講で、憲法改正の国民投票が国民の直接的政治参加の貴重な機会である旨を述べました。
それが実現しない原因の一つに、厳しすぎる改正手続き(憲法96条)があることも、第3講に言及されています。
ところが昨年、自民党の改憲案が憲法改正手続き要件の緩和を提案していることに対して批判の声が上がりました。
ある憲法学者は、憲法改正手続きをサッカーのルールに、国会議員をサッカー選手になぞらえ、96条の改正は選手自身がルールを変更するようなもので許されないと論じています。
しかし、そのような主張は正しいとはいえません。
◆国会と国民に改正権限
第1講で、憲法には、国家権力を制限する「制限規範」としての側面と、国家機関に権限を授ける「授権規範」としての側面があり、前者の一面ばかりを強調する「立憲主義」理解は誤りであることを学びました。
改正手続きを定めた条文もそうです。
憲法は、96条の手続きを経ない改正を禁止する(=制限規範)と同時に、その手続きを経ることを条件に、国会と国民に改正の権限を授けている(=授権規範)のです。
(1)国会各議院の総議員の3分の2による発議
(2)国民投票における過半数の賛成
という、96条に定める条件は、サッカーでいえば、ゲームのルールを変更する際の手続きです。
憲法は、選手である国会議員にルール変更の提案権を認め、最終的な判断を主権者国民に委ねています。
外国の憲法には、国民主権や共和制など、特定の基本原理の改正を禁止する条文をもつものがあります。
ごくわずかですが、改正手続き規定の改正を禁じる憲法も、歴史上、存在しました。
その場合には、禁止規定に反する改正は、法的に許されない行為となります。
しかし、日本国憲法にはそのような文言はないのですから、96条の手続きを踏むかぎり、96条自体も含め、憲法のどの文言も合法的に改正できると考えるべきです。
憲法規定に従って行われる改正は、立憲主義の否定や革命・クーデターではありえません。
◆高すぎるハードル
ただし、政治的には、どんな改正もOKというわけにはいかないでしょう。
憲法前文は、代表民主制という「人類普遍の原理」に反する憲法を「排除する」と言っているので、民主主義や国民主権を否定するような改正は許されない、と考えることもできます。
その観点からみても、国会発議の要件を各議院の総議員の過半数とする自民党案は、法律の制定改廃の場合(出席議員の過半数)よりも厳しい多数決ルールを維持しつつ、国民投票の機会を広げて、むしろ国民主権の強化に役立つものといえます。
改憲のハードルが適正かどうかは、3分の2や過半数などの数字の単純比較ではなく、実際の改正頻度で判断する必要があります。
66年間無改正の事実こそ、96条のハードルが日本にとって高すぎる証拠です。
議論すべきは、ハードルを下げるべきかどうかではなく、どの程度下げるのがこの国にとって最適な匙(さじ)加減であるかです。

●ちなみに私は憲法96条も改正する必要があると思っている。
改正前:各議院の総議員の「3分の2以上」の賛成
改正後:各議院の総議員の「過半数」の賛成
将来は分からないが、当面はこの程度の改正は必要だ。

dot********さん

2018/8/1620:03:34

●憲法改正は「シリーズ化」すべき
2018年3月
小川:小川榮太郎(文藝評論家)
足立:足立康史(日本維新の会所属の衆議院議員)
■足立
憲法9条の問題にしても、偏向メディアや野党がワアワア騒ぎ立てて、国会でまともな議論がなされない中での1つのソリューションとして、安倍総理は自衛隊の存在を明記した3項を加憲するということを言いだしている。
しかし、それは、安倍総理にとっての理想の9条像では全くないですよね。
■小川
これについては、私は最初から一貫して、
「憲法9条2項(戦力不保持と交戦権の否認)の改正なくして、憲法改正をやる意味なし」
と主張しています。
保守系の改憲論者からは、9条以外にも、96条(憲法の改正手続き)の改正や緊急事態条項の創設など、様々な案が出てきましたが、私は安倍総理に、
「憲法9条、特に2項に手をつけずに、憲法改正に体力を使うのでは意味がない」
と申し上げてきました。
■足立
第9条2項の改正ができないなら、憲法改正自体をやらなくていい、ということですか。
■小川
そうです。
憲法改正をするなら、9条2項は絶対にぶれてはならない目標です。
憲法改正は、どの条項を扱っても政権の体力を大きく消耗します。
どうせ消耗するなら、搦め手からでなく、核心である9条2項の改正を正面突破すべきでしょう。
それができないなら憲法改正はやめたほうがいい。
そして、もう1つ、私が言い続けているのが、自民党や我々保守論壇は、9条2項改正がなぜ絶対に必要かを与党である公明党や支持者たちに、きちんと説明しているか、ということです。
憲法9条2項を改正するためには、
「公明党・創価学会婦人部をきちんと説得しなさい」
と言ってきました。
国民にとってのプライオリティの問題として、どれほど9条2項改正が重大かを正面から説得すれば、納得してもらうことは不可能ではないと思っています。
反日確信犯の共産党と違い、彼らは日本の庶民のネットワークであり、原理的な理念に固執しているのではありません。
平和のために9条が必要と本気で思い込んでいるだけで、平和のためにむしろ改正が絶対に必要だと納得すれば方向転換すると思います。
自民党が、その重要な、体を張っての説得をやらずに、総理・総裁にだけ旗を振らせて国民投票に持ち込むのは無理ですよ。
総理が「3項加憲」と言いだしても、党が
「やるべきことは、本当は2項改正だ」
という正攻法を主張して、きちんと公明党が飲める状態まで持ってゆく。
それが与党自民党の責任だと思うのですが、その部分がいつも欠落している。
安保法制の時でも、私の耳に、公明党サイドからの怒りの声がずいぶん入ってきた。
「自民党は法案を全然勉強していないし、国民への説得の努力を全くしていないじゃないか。
ウチは創価学会を説得するのに、どれだけ勉強し、動いたか分からないんだ」
と。
■足立
本当は国会やメディアがもうちょっとまともであれば、もう少しいい議論ができるはずなのですが。
結局、妥協して、足して2で割るようなアウトプットしか出てこないから、3項加憲などという何とも中途半端なところで手を打つことになってしまう。
ただ僕らは、どんな形であれ、安倍政権の間に、是が非でも憲法改正の1発目をやってしまおうと思っています。
その上で憲法改正を何回でもやったらええやんと。
1回きりだと思うから、「いや、そんなんじゃ・・・」と慎重になりますが、これを始めの一歩にして、2回、3回と憲法改正を「シリーズ化」してしまう。
今、僕を含めた、安倍政権で憲法改正をしたい人々の総意というのは、何となくそうなっているんですね。
■小川
なるほど。
それは大賛成だな。
外国の例を参考にすれば、第2次世界大戦終結から2016年12月まで、アメリカは6回、フランス27回、ドイツは60回も、憲法改正をしています。
発議して改正に至らなかったケースも入れれば、べらぼうな回数になる。
■足立
日頃、日本の憲法改正の動きに対して文句を言っている中国、韓国にしても、それぞれ9回ずつしていますからね。
■小川
日本は外国を見習うのが大好きだから、憲法も外国並みにしたらいいわけですね。
国会の度に毎回、
「今度は日本維新の会さんが出しましょうよ」
「次はそろそろ公明党さん、どうですか」
という具合に、憲法改正発議を当たり前にしてしまうということですね。
■足立
ただし、その1発目がやはりしんどい。
最初は静止摩擦の抵抗が強いから、動き出すまでに、物凄く大きなエネルギーがいる。
動き出したら、何回でもやれると思うんだけど。
■小川
世の中を動かす1歩目はそういうものですね。
■足立
憲法改正は、とにかく大変なんです。
しかし、こういう議論もやりながら、何とか安倍政権で1発目をやろうという方向に持っていきたい。
できれば、2018年内、遅くとも2020年には憲法改正の発議から国民投票にまで持っていきたい。
ぜひ応援してください。

●東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。

●自衛隊を憲法に明記するぐらいなら国民投票で過半数の賛成は取れるでしょう。
自衛隊が憲法に明記されたからといって国民生活にマイナスになることは何もない。
自衛隊の支持率は92%ある。
憲法改正に反対する人もそれは分かっているので屁理屈をこねて反対している。
憲法改正に反対する人は国民投票で反対すればいいのであって、国会発議にすら反対するのはおかしい。
野党6党や公明党の支持母体である創価学会婦人部は反日勢力なので、憲法改正を阻止したいと思っている。
だから国民投票で憲法改正の賛成が過半数になることを極端に恐れている。
本当に国民の過半数が憲法改正に反対と思っているならば、これほど国会発議自体に反対するわけがない。
選挙だって実際の投票結果は世論調査通りになるとは限らない。
しかもどんな選挙制度にも必ず存在する長所・短所がある場合と違って、憲法改正の国民投票は条文ごとに賛成・反対がはっきりするわけで、国民の意思がストレートに反映される。
また複数の要素から候補者又は政党を選ぶ選挙と違って、憲法改正の国民投票は条文ごとに賛成・反対がはっきりするわけで、国民の意思がストレートに反映される。
ましてや、条文の内容に関係なく、誰が首相であるかを憲法改正の反対理由に挙げるなど論外だ。

日本国憲法
第9章 改 正
第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

ちなみに私は憲法96条も改正する必要があると思っている。
改正前:各議院の総議員の「3分の2以上」の賛成
改正後:各議院の総議員の「過半数」の賛成
将来は分からないが、当面はこの程度の改正は必要だ。

ckf********さん

2018/8/1620:00:44

●安倍総理 【ビデオメッセージ】日本国憲法施行71年 公開憲法フォーラム2018年5月3日-侍News
https://www.youtube.com/watch?v=Moyz9N6ZZS0
みんさん こんにちは。
自由民主党総裁の安倍晋三です。
この度「第20回公開憲法フォーラム」が盛大に開催されましたことにまずもってお慶び申し上げます。
改めて憲法改正の早期実現に向けてそれぞれのお立場で精力的に活動されている皆様に心から敬意を表します。
憲法はこの国の形、理想の姿を示すものです。
21世紀の日本の理想の姿を私たち自身の手で描くという精神こそ日本の未来を切り開いていくことに繋がっていくと信じております。
言うまでもなく現行憲法の「平和主義」「国民主権」そして「基本的人権の尊重」の基本原理が揺らぐことはありません。
その一方で私たちは時代の節目にあって、まさにどのような国づくりを進めていくのかという議論を深めるべき時に来ていると思います。
そうした思いから、私は昨年この「公開憲法フォーラム」へのビデオメッセージにおいて自民党総裁として一石を投じる気持ちでこう申し上げました。
「いよいよ私たちが憲法改正に取り組む時が来た」
「憲法9条について自衛隊を明記すべきだ」
この発言を1つの契機として、この1年間で憲法改正の議論は大いに活性化し、そして具体化しました。
私はそのことを大変喜ばしく思っております。
自由民主党においては安全保障に関わる「自衛隊」統治機構のあり方に関する「緊急事態」、1票の格差と地域の民意反映が問われる「合区解消・地方公共団体」、国家100年の計たる「教育充実」の4項目について大変議論が深まってまいりました。
私は毎年防衛大学校の卒業式に出席し陸海空の真新しい制服に身を包んだ任官したばかりの自衛官たちから
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」
この重い宣誓を最高指揮官内閣総理大臣として受けております。
そうです、彼らは国民を守るためにその命を懸ける。
しかし残念ながら近年においても「自衛隊は合憲」と言い切る憲法学者は2割にとどまり、違憲論争が存在します。
その結果、多くの教科書に合憲性に議論がある旨の記述があり、自衛官たちの子供たちもその教科書で勉強しなければなりません。
みなさん、この状況のままでいいのでしょうか。
この状況に終止符を打つため、憲法に我が国の独立と平和を守る自衛隊をしっかりと明記し、違憲論争に終止符を打たなければならない。
それこそが今を生きる私たち政治家の、そして自民党の責任です。
敢然とその責任を果たし、新しい時代を切り開いていこうではありませんか。
憲法の専門家において自衛隊違憲論が存在する最大の原因は、憲法に我が国の防衛に関する規定が全く存在しないことにあります。
我が国の安全を守るため、命を賭して任務を遂行している者の存在を明文化することによって、その正統性が明確化されることは明らかです。
そのことは我が国の安全の根幹に関わることであり、憲法改正の十分な理由になるものであると考えています。
いよいよ私たちが憲法改正に取り組む時が来ました。
主役は国民の皆様です。
憲法改正は国民の代表たる国会議員が議論し草案を作り発議する。
そして最終的に国民投票によって国民の皆様が憲法改正を決定する。
憲法改正を成し遂げるためには、国民の皆様の御理解、幅広い合意形成が必要です。
その意味でこのフォーラムが果たす役割は極めて大きいと思います。
皆様方「民間憲法臨調」、「美しい憲法を作る国民の会」のこうした取り組みを大変心強く感じております。
憲法改正に向けてともに頑張ってまいりましょう。

●【ノーカット版】安倍首相「2020年までに憲法改正を」ビデオメッセージ
2017/05/04 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=mF1TYmLOO9Y
ご来場のみなさま、こんにちは。
自由民主党総裁の安倍晋三です。
憲法施行70年の節目の年に、「第19回 公開憲法フォーラム」が盛大に開催されましたことに、まずもってお喜び申し上げます。
憲法改正の早期実現に向けて、それぞれのお立場で精力的に活動されているみなさまに心から敬意を表します。
憲法改正は、自由民主党の立党以来の党是です。
自民党結党者の悲願であり、歴代の総裁が受け継いでまいりました。
私が総理・総裁であった10年前、施行60年の年に国民投票法が成立し、改正に向けての一歩を踏み出すことができました。
しかし、憲法はたった1字も変わることなく、施行70年の節目を迎えるに至りました。
憲法を改正するか否かは、最終的には国民投票によって、国民が決めるものですが、その発議は国会にしかできません。
私たち国会議員は、その大きな責任をかみしめるべきであると思います。
次なる70年に向かって、日本がどういう国を目指すのか。
今を生きる私たちは、少子高齢化、人口減少、経済再生、安全保障環境の悪化など、我が国が直面する困難な課題に対し、真正面から立ち向かい、未来への責任を果たさなければなりません。
憲法は、国の未来、理想の姿を語るものです。
私たち国会議員は、この国の未来像について、憲法改正の発議案を国民に提示するための「具体的な議論」を始めなければならない、その時期にきていると思います。
わが党、自由民主党は未来に、国民に責任を持つ政党として、憲法審査会における「具体的な議論」をリードし、その歴史的使命を果たしてまいりたいと思います。
例えば、憲法9条です。
今日、災害救助を含め、命懸けで24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。
しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、今なお存在しています。
「自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」
というのは、あまりにも無責任です。
私は少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、
「自衛隊が違憲かもしれない」
などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。
もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。
そこで
「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」
という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。
教育の問題、子どもたちこそ我が国の未来であり、憲法において国の未来の姿を議論する際、教育は極めて重要なテーマだと思います。
誰もが生きがいを持って、その能力を存分に発揮できる一億総活躍社会を実現するうえで、教育が果たすべき役割は極めて大きい。
世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、経済状況にかかわらず、子どもたちがそれぞれの夢に向かって頑張ることができる、そうした日本でありたいと思っています。
70年前、現行憲法の下で制度化された、小中学校9年間の義務教育制度、普通教育の無償化は、まさに、戦後の発展の大きな原動力となりました。
70年の時を経て、社会も経済も大きく変化した現在、子どもたちがそれぞれの夢を追いかけるためには、高等教育についても、全ての国民に真に開かれたものとしなければならないと思います。
これは個人の問題にとどまりません。
人材を育てることは、社会・経済の発展に確実につながっていくものであります。
これらの議論の他にも、この国の未来を見据えて議論していくべき課題は多々あるでしょう。
私はかねがね、半世紀ぶりに夏期のオリンピック・パラリンピックが開催される2020年を、未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだと申し上げてきました。
かつて、1964年の東京五輪を目指して、日本は大きく生まれ変わりました。
その際に得た自信が、その後、先進国へと急成長を遂げる原動力となりました。
2020年もまた、日本人共通の大きな目標となっています。
新しく生まれ変わった日本が、しっかりと動き出す年、2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っています。
私は、こうした形で国の未来を切りひらいていきたいと考えています。
本日は、自由民主党総裁として、憲法改正に向けた基本的な考え方を述べました。
これを契機に、国民的な議論が深まっていくことを切に願います。
自由民主党としても、その歴史的使命をしっかりと果たしていく決意であることを改めて申し上げます。
最後になりましたが、国民的な議論と理解を深めていくためには、みなさまがた「民間憲法臨調」、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」
のこうした取り組みが不可欠であり、大変心強く感じております。
憲法改正に向けて、ともにがんばりましょう。

●東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。

bso********さん

2018/8/1619:57:49

●東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。

●2018.5.3 05:01更新
【主張】
憲法施行71年 「9条」では国民守れない 平和構築へ自衛隊明記せよ
http://www.sankei.com/column/news/180503/clm1805030001-n1.html
南北首脳会談の成果が演出されようと、北朝鮮危機がどう展開するかは予断を許さない。
その中でもはっきりしていることがある。
北朝鮮の核・弾道ミサイル戦力の脅威を取り除く上で、憲法9条は無力だという点だ。
9条が国民を守っているのではない。
北朝鮮危機がその証左であることに気づき、自らを守れる内容へと憲法を改めていかなければならない。
第一歩となるのが、自衛隊の明記である。
日米両国をはじめとする国際社会は、厳しい経済制裁と軍事的圧力をかけて、北朝鮮に核・ミサイル戦力の放棄を迫っている。
≪世界の現実直視したい≫
その圧力に耐え切れず、金正恩朝鮮労働党委員長は微笑み戦術に転じた。
平和を乱す自国の行動を反省したからではない。
トランプ米大統領との首脳会談が、真の平和をもたらすかは不透明だ。
日米が「最大限の圧力」に努めてきた基礎には、集団的自衛権によって互いに守り合う強固な同盟関係がある。
日本には「9条信奉者」とも呼ぶべき政党やその支持者たちが存在する。
だが、彼らが北朝鮮危機を乗り越えるために建設的な提言や問題提起をした話は寡聞にして知らない。
9条を掲げ、北朝鮮を説得する動きもみられない。
だんまりを決め込んでいるのか。
平和を守ろうと動いてきたのはむしろ、9条のもたらす制約や弊害に悩みながら、安全保障上の工夫をこらしてきた安倍晋三政権や自民党である。
安保関連法の眼目は、憲法解釈の変更で可能になった集団的自衛権の限定行使容認である。
これに基づき、北朝鮮の危機を目の当たりにしても、日米同盟が機能しているのは幸いである。
自衛隊と米軍の共同訓練が増えている。
「いざ鎌倉」の際に互いに守り合う関係になったことは、米軍による北朝鮮への圧力を増すことに寄与している。
もし「集団的自衛権の限定行使は違憲だ」という「9条信奉者」の言い分に従えばどうなるか。
日米同盟の対処力と抑止力は大幅に弱まり、北朝鮮は強面に戻るだろう。
日本と世界の平和にとって、ゆゆしき事態である。
9条が、日本の安全保障政策と論議の水準を高めることを妨げてきた弊害の大きさも考えたい。
9条には、はき違えた平和主義の源になった面が小さくない。
それは、軍事を正面から論ずることを忌避する風潮を助長してきた。
日本の義務教育では、抑止力や同盟といった、安全保障の初歩的知識さえ教えていない。
自衛隊に関し、最近の国会では日報問題ばかりが取り上げられた。
北朝鮮危機のさなか、何を真っ先に論じるべきかは自明だ。
安全保障を実際に担う政府側との認識の「格差」を解消しなければ、日本の未来は危うい。
≪安保論議の底上げ図れ≫
「戦力の不保持」を定めた9条2項を削除し、軍の保持を認めることが9条改正のゴールである。
だが、政治情勢を考えれば、一足飛びにはいかない。
そこで、安倍首相が提案した自衛隊明記の方法を、自民党は改憲項目とした。
これが実現すれば、憲法学者の間の自衛隊違憲論に終止符を打つことができるが、そのほかにも大きな意義がある。
まず、日本全体の安全保障論議と意識の底上げが期待できる。
国の大切な役割として防衛があることが明確になるからだ。
平和のために国が防衛力を活用する場面はあり得る。
必要なら仲間の国同士で守り合う。
そういった世界の常識を、国民が共有することに資するだろう。
もとより平和主義とは十分両立する。
9条の下でとられている「専守防衛」は本土決戦にも等しいおかしな方針だ。
今の憲法は自衛隊による拉致被害者の救出を阻んでいる。
そうした問題に気づく人が増えれば政策転換にもつながる。
もう一つの大きな意義は、国民投票の力である。
中国や北朝鮮などの動向をみれば、自衛隊が国民を守る戦いに従事する可能性を否定できない時代になった。
国民投票で憲法に自衛隊を明記することは、命をかけて日本を守っている自衛隊員を国民が支える意思表示となる。
隊員の士気と日本の抑止力を高めるものだ。
だからこそ、安倍首相と自民党は、憲法改正の実現に向けて歩みを止めてはならないのである。

●2018.5.3 01:02更新
【阿比留瑠比の極言御免】
国会は国民の権利を奪うのか 憲法改正の時機を失っては悔やみきれない
http://www.sankei.com/premium/news/180503/prm1805030010-n1.html
自民党は昭和30年の結党以来、憲法の自主的改正を「党の使命」として掲げてきた。
昨年10月の衆院選公約でも憲法改正をうたっている。
にもかかわらず、改憲に向けた動きは遅々として進まず、活性化しているようにも見えない。
極論すれば、自民党に政権を負託した有権者への背信行為だともいえる。
「国を守るために、国民の命を守るために命をかける自衛隊について憲法に明記することは、安全保障の基本だ」
安倍晋三首相(党総裁)は先月の産経新聞のインタビューでこう訴えた。
北朝鮮情勢は今後の米朝首脳会談次第でどう転ぶか分からない。
中国の軍事力を背景とした膨張主義も歯止めがない。
自衛隊がなければ、日本が立ち行かないのは明らかだ。
ところが、そんな厳しい安保環境のまっただ中にあって、自衛隊は憲法に一文字も記されないままで、ただ政府の憲法解釈によって存在が認められている。
読売新聞が3月から4月にかけて実施した調査でも、憲法学者の半数超が自衛隊は「違憲」だと回答するありさまなのである。
いつまで自衛隊を、こんな不安定で不正常で不遇な立場に放置しようというのか。
これを政治の怠慢と言う。
審議拒否という名の長期休暇を満喫中の野党6党とそう選ぶところはない。
そもそも、国会でかつてなく改憲派・改憲容認派の議員が多い今は、千載一遇のチャンスである。
与党内からは
「国民世論が盛り上がっていない」
という声も聞くが、国会が論議をリードしなければ、世論が高まるきっかけも生まれない。
「(自衛隊の憲法への明記が)今を生きる政治家、自民党の責務だ」
安倍首相は、3月25日の党大会でもこう強調していた。
ポスト安倍候補に挙げられる政治家の中に、安倍首相ほど憲法改正に意欲を示す者はいない。
安倍政権のうちにやらなければ、もう憲法改正はずっとできないというのは、衆目の一致するところである。
この機を逃して、自民党はいつ「党の使命」を果たすつもりなのか。
今やらなければ、長年にわたり、「やるやる詐欺」で有権者をたばかってきたといわれても仕方がないだろう。
もちろん、改憲を使命とする自民党と長く連立を組んできた公明党にも、議論を前に進める義務と責任があるのは言うまでもない。
現行憲法は施行71年を迎えたが、この間、国会は一度も改正の発議をしていない。
従って国民は、憲法に関して意思表示をする機会を、今まで全く与えられてこなかった。
憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた改正を当然の前提としている。
そして国会が発議した改憲案に対し、是非の意思表示をするのは国民の権利であり、その機会はつくられてしかるべきだ。
憲法改正の国民投票が実施されれば、独立後初めてのことであり、画期的な意義を持つ。
自民党をはじめとする国会の不作為でその時機を失うことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。(論説委員兼政治部編集委員)

apr********さん

2018/8/1619:55:14

●東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。

●2018.5.3 11:00更新
【西論】
憲法「記念」日 改憲を正面から堂々と語れ
http://www.sankei.com/west/news/180503/wst1805030030-n1.html
3日は憲法記念日である。
だがこの日は、何を「記念」しているというのだろう。
昭和22(1947)年の施行から古希を超え、71年となる憲法の、何を祝うのだろう。
◆真の独立国ではない
あたりまえなのになんとなく触れられずにいることを、この際、はっきり書いてみる。
国家とは領域、国民、主権からなる。
主権とは自らの意思で領域、国民を統治する権利である。
主権のない国は独立国ではない。
他国の植民地であるか、国としての体裁を持っていてもせいぜい属国であるといわねばならない。
占領下、連合国軍総司令部のスタッフが原案を作った現行憲法が国家の主権を部分的に否定していることは、当欄などで何度か触れた。
9条1項が放棄する「国権の発動たる戦争」とは、英文原案を訳せば「国家の主権としての戦争」である。
2項が認めていないのは「交戦権」という権利である。
戦争をせよと思う日本人などいないだろう。
重要なのは、戦争をするしないという次元ではなく、日本が国家としての主権を制限されているという点である。
この点に目をつむるべきではないと筆者は考える。
主権を制限されていることから、戦後日本のさまざまな矛盾が生じている。
広大な外国の基地が国内に存在するのもそこに由来する。
北朝鮮による拉致被害者を救出するための、軍事力を背景ないし手段とした術を持たないのも然りである。
自衛隊のイラク日報問題にしても、公開をめぐる混乱の非は防衛省にあるが、さかのぼれば自衛隊の海外派遣は認められないとする憲法解釈に根がある。
派遣の根拠法だったイラク復興支援特別措置法が自衛隊の赴く地を非戦闘地域と定めたから、戦闘うんぬんが問題になる。
おかしな話である。
軍事同盟はあってよいが、自分の国を自分が守り、自国民を自国が救出するのは当然のことではないか。
戦闘地であろうがなかろうが、独立国として国際貢献することも当然ではないのか。
こうした矛盾を国家百年の計として解決しなければならない。
そのための考え方の筋道として、日本が主権を制限された国家であるということを、目をそむけることなくわきまえておきたい。
◆強固な護憲勢力
その憲法が古希をも超えたということは、記念すべきであるどころか、恥じ入ってしかるべきではないのだろうか。
なぜ戦後日本でそのような状況が続いてきたかということについても、当欄などで何度か述べた。
要点のみ簡単に書く。
戦争への反動から、戦争を行った日本という国家を否定する思潮が、戦後この国に蔓延してしまった。
この思潮は主権を否定する憲法となじみがよく、いわゆる護憲派といわれる勢力を形成した。
戦後間もないころなら、それも心情的にしかたなかったかもしれない。
しかし年月がたつにつれこの思潮は強固になった。
昭和40、50年代には、憲法の問題点に言及した閣僚が糾弾され、進退問題にも発展した。
改憲を口にすることはタブー視されるようになった。
そんな戦後史を思うと、このところ憲法改正が広く議論されているのは大いに健全なことだ。
日本の安全保障を危うくしているような憲法でよいのかと、多くの人が感じているのだろう。
しかしこの間の森友学園やセクハラ問題などで、国会での憲法改正の議論はすっかりかすんでしまっている。
情けなくはないか。
◆気概と志必要
筆者の主張は単純である。
改憲を与野党とも正面から堂々と語るべし。
独立国たるにふさわしいまつりごとをこそ行うべし。
森友問題や日報問題も論じてよい。
地に落ちたかのような行政のうみを出し切り、再発防止に努めるべきである。
しかし国政の優先課題を見誤ってはいけない。
北朝鮮問題などであぶり出された日本の安全保障の脆弱さこそが、克服されるべき最大の課題だろう。
この脆弱さは憲法から来ている。
必要なのは国家の独立を取り戻す気概と志である。
そんな精神を持った日本人は少なからずいた。
気概と志を現在の私たちのものとすべく、いくつかを引用する。
「今でも憲法は『どうせアメリカさんの貰(もら)いものだ』なんていう様な言葉をよく聞くが、聞くたびにほんとに我々がつくった我々の憲法がほしいものだと思う。
それは単なるセンチメンタリズムだと冷笑する人は冷笑しろ。
私は自分の子孫に日本憲法は『強制的のおくりもの』だと言い伝えたくはない」(連合国軍総司令部と折衝に当たった白洲次郎『プリンシプルのない日本』)
「憲法は中味さえよければ制定過程はどうでもよいということは、憲法は日本自身でなく外国で制定してもよいということである。
このことは、国家支配は中味さえよければ外国支配でもかまわないということである。
これは全く亡国思想である。
憲法はどうしても、日本国自身の自由な意思で制定した自主憲法でなければならない所以である」(憲法学者、大石義雄『憲法改正の必要性』)
「他国が日本に対して未来永劫に敵意を持たぬという大前提から引き出されたものとなると、第九条は虚偽を前提とした立論となり、どうごまかそうとそれは成立し得ないのである。
私が新憲法を当用憲法と名付け欠陥憲法という批判を容認する理由はそこにある」(評論家・劇作家、福田恆存(つねあり)「憲法の絶対視に異議」)
(論説委員・河村直哉)

zkr********さん

2018/8/1619:43:09

●2018.5.1 11:30更新
【正論】
憲法改正素案に対する私の提案 駒沢大学名誉教授・西修
https://www.sankei.com/column/news/180501/clm1805010004-n1.html
自民党は3月24日、憲法改正に関し、4項目からなる「条文イメージ」(たたき台素案、以下で改正素案という)を決定した。
4項目とは、
(1)自衛隊の存在を憲法に位置づける
(2)大規模地震災害を中心とする緊急事態条項を設ける
(3)参議院選挙を都道府県単位にする
(4)教育の重要性と環境の整備を明記する
を主な内容とする。
このうち、現行の9条1項と2項をそのまま維持し、その後に9条の2を追加して、自衛隊を明記したことが最大のポイントなので、この点に焦点を当てて論ずることにしたい。
≪読んですんなり理解できるか≫
まず改正素案9条の2の規定は、以下のようである。
「(1)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
(2)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」
私は、憲法には平和条項とともに、平和を担保するための安全保障措置条項を設定するのが本来のあるべき憲法構造であること、いまだに根強く存在する自衛隊違憲論を解消すべきこと、国民の合意を得るため現実的な改正案にすること-が必要であると考える。
それに鑑み、9条の2を新設し、自衛隊を明記することが望ましいと主唱しているので(本欄平成30年2月22日付)、改正素案の提示を歓迎する。
しかしながら、党内のさまざまな意見を調整することに重きをおいたために、煩雑で非常にわかりにくくなっている。
上記の改正素案を読んで、すんなり理解できる国民はどれほどいるだろうか。
最も大切なシンプルさ(=国民のわかりやすさ)が欠けているように思われてならない。
≪趣旨を簡潔かつ明確に規定せよ≫
自民党が改正素案で打ち出そうとしたのは、従来の政府解釈に変更を加えず、自衛隊を憲法に位置づけ、その際、自衛隊の行動について、文民統制に服する旨を明記することであろう。
そうであれば、その趣旨を簡潔かつ明確に規定すればよいだけのことである。
私は、次のように書き換えるのが適切であると考える。
「(1)日本国は、その平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
((2)は改正素案のまま)」
以下でその理由を述べる。
第1に、もともと現行の9条2項冒頭が「前項の目的を達するため」と規定され、「前項の目的」の意味を理解する必要がある。
それ自体、なかなか難しい。
そのうえ、9条の2の冒頭に「前条の規定は…を妨げず」との記述があると、前条全体の意味を反芻し、さらに本条との関係を把握しなければならず、困難さが倍加する。
第2に、「前条の規定は…を妨げず」ということは、前条つまり現行の9条が「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとること」を妨げていると読める。
政府は、「自衛のための必要最小限度の実力の保持」を合憲と解釈してきており、妨げていない。政府解釈の踏襲という点で疑問だ。
≪完成度の高い条項へ衆知集めよ≫
第3に、「必要な自衛の措置」は不要である。
この語は「自衛権」を憲法に入れるように主張したグループに配慮したとされるが、独立国家が「自衛権」を保有することはごく当然であって、憲法に規定するまでもない。
国連憲章51条は、国連加盟国が個別的自衛権も、集団的自衛権も保有していることは「固有の権利」であると明記している。
各国憲法を見るに、自国の国防組織に「必要な自衛の措置」という枕詞を付している国を私は知らない。
第4に、「内閣の首長たる内閣総理大臣」中、「内閣の首長たる」語も不要である。
なぜならば、憲法66条1項に「内閣の首長たる内閣総理大臣」とあり、限られた語数で構成されるべき憲法に、何度も同じ言葉を使用するのは無駄と思われるからである。
そして第5に、国際的視点が欠けている。
日本国民ですら、はなはだわかりづらいのに、国際社会で理解されるだろうか。
憲法の国際見本市へ改正素案を出品して、高い評価が得られるとはとうてい考えられない。
自民党が提起した「たたき台素案」をさまざまの角度から検討し、より完成度の高い条項にするため衆知を集めることが求められよう。
日本国憲法が施行されてから71年を迎えるにあたり、国際社会の動向を見据え、9条のありようを、真摯に考究していこうではないか。(にし おさむ)

●2018.2.22 11:00更新
【正論】
私の憲法9条改正案を提示する 駒沢大学名誉教授・西修
https://www.sankei.com/column/news/180222/clm1802220005-n1.html
最初に、私の9条改正案を提示したい。
「現行の第9条をそのまま残し、新たに第9条の2を加える。第9条の2
(1)日本国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、自衛隊を保持する。
(2)自衛隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属し、自衛隊の行動については、文民統制の原則が確保されなければならない。
(3)自衛隊の編成及び行動は、法律でこれを定める。」
≪2項と自衛隊明記は矛盾せず≫
いうまでもなく、現行憲法の最大の問題点は、わが国の平和を維持するための安全保障条項を欠いていることと、自衛隊の合・違憲性をめぐり、果てしのない神学論争が続いてきたことである。
この問題点を解決すべく、いくつかの改正案が提起されている。
自民党では、自衛隊を憲法に明記することで案のとりまとめが進められているが、「戦力の不保持」を定めている9条2項を維持するのか、あるいは同項を削除するのかで、意見の対立がみられる。
後者は「戦力の不保持」規定を残したまま自衛隊を明記することは、つじつまが合わないと主張する。しかし、この主張は正しくない。
政府は、自衛戦力を含む一切の「戦力」の保持を禁止するとしつつ、「自衛権の行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することまでも禁止されておらず、わが国を防衛するための必要最小限度の実力組織としての自衛隊は、憲法に違反しない」との解釈をとっている。
それゆえ、「戦力にいたらない自衛隊」を2項とは別に規定することに、矛盾は生じない。
なお、私はいわゆる芦田修正後に展開された極東委員会の熱論を経て、66条2項の文民条項が導入されたいきさつを精査すると、本来、9条2項は「自衛戦力」の保持まで禁じられていないと解釈すべきであると考えるが、ここでは控える(本欄平成29年11月27日付)。
≪独立国家に国防条項は不可欠≫
私案について、いくつかの面から説明しておきたい。
第1に、平和を維持するための安全保障条項を設定することは、独立国家として、憲法上、不可欠である。
近年、多くの国の憲法に平和条項が導入されているが、それと同時に、その平和を担保するための国防条項が設けられているのが通常だ。
少なくとも、人口500万人以上の独立国家で、国防条項を欠いている憲法を日本以外に私は知らない。
第2に、憲法を改正するには、多くの国民の支持を得なければならない。
内閣府が27年1月に実施した世論調査によると、自衛隊に「良い印象を持っている」人たちが92・2%にのぼり、「悪い印象を持っている」人たちは、わずか4・8%にすぎない。
また、自衛隊を憲法に明記することに関する最近の世論調査では、産経・FNNの合同調査で「賛成」58%、「反対」33%(産経新聞30年1月23日付)、テレビ朝日系のANN調査で「賛成」52%、「反対」34%(1月22日発表)という数値が示されている。
これに対して、「戦力」としての軍隊あるいは国防軍の設置については、いまだ多くの国民のあいだにアレルギー現象が払拭されていない。
≪立憲主義に従い国民の意思問え≫
第3に、憲法に自衛隊を明記するとすれば、シンプルでかつこれまでの政府解釈の範囲内に収まるものであることが望まれる。
私案「第9条の2」の1項は、現在の自衛隊法第3条1項「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」のうち、主任務を設定したものであり、現状となんら齟齬はない。
私案2項は、おなじく自衛隊法第7条「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」を援用したものであって、新たな権限を内閣総理大臣に付与しない。
自衛隊の行動をシビリアンコントロールのもとにおくようにすることは、必置の憲法事項である。
私案では「文民統制」の語を使用した。先述したように、憲法に「文民」の語があり、新奇な用語ではない。
第4に、私案にあって、「自衛のため必要最小限度の実力組織」としての自衛隊が存続されるわけであるから、「自衛のため必要最小限度の実力」の中身が問われ続けられることになる。
国の平和、独立、安全、そして国民の生命、自由および幸福追求の権利を確保するためにいかなる措置を講ずるべきか、従来の法律レベルではなく、憲法レベルで、国民全体が考究していくことが求められる。
憲法改正は、憲法自身が定めている国民主権の最大の発露の場である。
延々と議論を重ねているだけでは、なんら得るものがない。
立憲主義にのっとり、国民の意思を問うてみようではないか。(駒沢大学名誉教授・西修 にしおさむ)

b_a********さん

2018/8/1619:41:40

こういうのを「お花畑」と言うのだろうか。
やれやれって感じだ。
戦争とは「勝てる」と思うから「仕掛ける」
「仕掛けたい」から「大義」を掲げる。
分かるかね?
始まりは大義ではないのだよ。
戦争を防ぐためには「相手に勝てる」と思わせないことだ。これが分からないものは巻き込まれて死ぬことになる。憲法改正と戦争に何の関係もない。

ypr********さん

2018/8/1619:40:55

●東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。

●2018.3.25 21:09更新
【自民党大会】
「改憲4項目」条文素案全文
http://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250055-n1.html
【9条改正】
第9条の2
(第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
(第2項)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
(※第9条全体を維持した上で、その次に追加)
【緊急事態条項】
第73条の2
(第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
(第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)
第64条の2
大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
(※国会の章の末尾に特例規定として追加)
【参院選「合区」解消】
第47条
両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。
参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
第92条
地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。
【参院選「合区」解消】
第47条
両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。
参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
第92条
地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。

●2018.3.25 21:07更新
【自民党大会】
憲法改正素案のポイント 「自衛隊」公明への配慮色濃く
http://www.sankei.com/politics/news/180325/plt1803250053-n1.html
25日の自民党大会では、党憲法改正推進本部が憲法9条などの改憲4項目について「条文イメージ・たたき台素案」をまとめたことが報告された。
細田博之本部長は4項目について
「今、最小限、国家的に必要な部分を取り上げた」
と強調している。
素案のポイントは次の通り。
【9条改正】
安倍晋三首相(党総裁)の提案に基づき、自衛隊違憲論の解消に向け、戦力不保持を定めた2項を維持した上で「自衛隊」の存在を明記した。
石破茂元幹事長らが主張した2項削除は、集団的自衛権をフルスペック(際限ない形)で認めることにつながりかねず、公明党の理解も得られにくいとして採用しなかった。
9条とは別条文となる「9条の2」を新設し、現行の9条に一切手を付けない形をとったのも「加憲」の立場を取る公明党に配慮したものだ。
当初は、認められる自衛権が現行憲法の範囲を超えないことを明確にするため、自衛隊を
「必要最小限度の実力組織」
として位置づける考えだった。
ただ、党内からは
「必要最小限度の幅をめぐって新たな解釈論争が起こる」
などと批判が続出した。
これを踏まえ、最終案には
「前条の規定は~」
という表現を盛り込み、2項との整合性を取った。
さらに自衛隊を
「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織」
と位置づけ、「自衛隊」ではなく「自衛権」の明記を主張した勢力にも気配りした。
内閣の下に置かれる防衛省と自衛隊の関係に変更がないことを明確化するため
「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」
とするシビリアンコントロール(文民統制)の規定も書き込んだ。
【緊急事態条項】
「大地震その他の異常かつ大規模な災害」で国会が機能不全に陥った場合を想定し、国民の生命・財産保護のため、政府に権限を集中する条文を新設した。
国会議員の任期も衆参で各出席議員の3分の2以上の賛成で延長できるようにした。
自民党の平成24年改憲草案に明記した国民の私権制限は見送った。
【参院選「合区」解消】
現行憲法で定める「投票価値の平等」と別に、衆参両院の選挙区と定数は「地域的な一体性」などを「総合的に勘案」して定めると規定。
特に参院選について
「改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる」
と明記した。
「合区」解消と都道府県単位の選挙制度の維持を図る。
【教育の充実】
経済事情に関係なく質の高い教育を受けられるよう、26条に国の努力義務規定を盛り込んだ。
日本維新の会が求める幼児教育から大学までの教育無償化は見送った。
89条も改め私学助成の合憲性を明確にした。

●2018.3.25 05:02更新
【主張】
自民党改憲案 「自衛隊明記」を評価する
http://www.sankei.com/column/news/180325/clm1803250003-n1.html
自民党憲法改正推進本部が、党独自の改憲案について、戦力不保持などを定める9条1、2項を維持しつつ、新たな条項「9条の2」で自衛隊の保持を明記する方針を決めた。
党総裁である安倍晋三首相が提起した加憲案に沿った内容である。
25日の党大会へ報告した上で緊急事態条項など他の項目と併せて条文を作り、他党や国会の憲法審査会に示す段取りだ。
憲法改正の急所となる「9条」をめぐり、自民党が自衛隊明記の方針を決めたことを評価したい。
安倍首相をはじめ自民党議員は、改正の必要性を国民に対して積極的に説いてもらいたい。
防衛力を整え、侵略者から国民を守り抜くことは国の最大の責務である。
だが、現憲法にはそのための規定が欠落している。
むしろ、9条を旗印に多くの憲法学者らが自衛隊違憲論を唱えている。
防衛力をひたすら忌避する空想的平和主義がなお存在する。
つまり、9条は日本の安全保障政策と論議の水準を低め、国民の安全を損なってきたのである。
憲法に明記すれば、自衛隊違憲論は否定できる。
国の重要な役割である平和の追求に、防衛力が欠かせない点も明確となる。
北朝鮮や中国の脅威は現実のものとなった。
国民を守る任務に黙々と当たっている自衛隊員を、国民が後押しすることが、今ほど大切なときはない。
それには、国民投票によって憲法を改め、自衛隊を明記することがふさわしい。
自衛隊員の士気を高め、国民の防衛意思を示すことが抑止力を向上させる。
理想としては戦力不保持の9条2項を削除し、自衛隊を名実共に世界標準の軍に改めるべきだ。
だが、公明党を含め他の政党の安全保障への意識とは乖離がある。
まず、改革の第一歩として自衛隊明記を実現する意味はある。
推進本部が挙げた条文案は煩雑で、自衛隊や自衛権の制約を固定化しかねない。
これは9条由来の誤った発想といえよう。
当初案にあった「必要最小限度の実力組織」との表現を取り下げたのは正しい。
国民を守る自衛隊の整備や行動を阻害しかねない表現だった。
現行案の「必要な自衛の措置」の表現も、範囲をめぐり神学論争を招きかねない。
自衛隊の規定は、できるだけ簡潔にするのが肝要である。

hor********さん

2018/8/1619:38:51

●日本国憲法
http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM
第2章 戦争の放棄
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

●自衛隊法
http://www.houko.com/00/01/S29/165.HTM

●憲法9条改正が急務 戦後最も厳しい「国難時代」
マッカサー元帥は、日本に”懲罰的憲法”を押し付けたのか
2018年3月19日
国会やマスコミでは連日、学校法人「森友学園」の国有地売却に関する財務省の決裁文書改竄問題をめぐって、異常なほど議論が沸騰している。
公文書管理は許されざることだ。
一方で、安倍晋三首相が2017年5月に表明した、
「憲法9条に自衛隊の存在を明記する」
という改正案は、ほとんど議論されていない。
誠に遺憾なことである。
現在の日本国憲法は米国の占領下、「徹底した戦争放棄」を謳ったマッカーサノートを基に作成された。
「自衛のための戦争も認めない」という、主権国家には屈辱的な改正案だったが、当時の国会において共産党などを除く賛成多数で成立している。
憲法施行から70年が経つ。
1度も改正されておらず、改正が政治日程に上ったことはない。
本来であれば、主権を回復(=サンフランシスコ講和条約発効、1952年)した時。
あるいは、朝鮮戦争(1950~53年)を機に、警察予備隊、保安隊、を経て自衛隊が発足した時点(1954年)で憲法を改正し、自衛隊の存在根拠を書き改めるべきだった。
だが、解釈により自衛隊を合憲としてきた。
なぜ、「自衛のための戦力は保持できる」という議論がされなかったのか。
私は、当時の国家指導者が、敗戦直後の多くの国民が抱いていた
「戦争への悲惨さ」

「軍への忌避・険悪の感情」
を汲み取る必要があったと思う。
加えて、欧米の戦勝国に対し、日本が再び世界の敵とならないと保証すべきと考えたのだろう。
止むを得ない選択だったかもしれない。
事実、東西冷戦終結後の米国1強時代には、憲法9条をそのままにしていても、日本にそれほど不利なことは顕在化しなかった。
しかし、現在は違う。
「核・ミサイル開発」を強行する北朝鮮や、国際法を無視して海洋進出する中国、拡張主義が復活したロシア、絶対的パワーが退潮傾向にある同盟国・米国・・・。
日本の安全保障環境は戦後最も厳しく、「国難の時代」を迎えている。
3年前の2015年、厳しい安保環境への対応を可能にするため、安全保障法制が成立した。
集団的自衛権の限定行使が容認されるなど、画期的な一歩を踏み出した。
だが、従来の憲法解釈との整合性を確保したため、自衛権の行使や国籍法に基づく自衛隊の活動には、不必要な制約や矛盾が残っている。
現場の自衛隊は混乱している。
現憲法下での安保政策や法制のままで、日本は未来永劫存立できるか心配である。
国家にとって死活的な時は、米国をはじめ、価値観を共有する国々との同盟・連携を深めるべきだ。
他国の侵略を抑止し、阻止し得る現実の「力」を持たなければ平和は守れない。
安保法制を審議していた時より、安保環境はさらに厳しくなっている。
今をおいて憲法9条改正の時はない。

●自衛隊の法的安定性を確立せよ
2018年3月20日
自民党は3月25日の党大会に向けて、憲法改正の党内調整を進めている。
憲法9条では、
①安倍晋三首相(総裁)の提示した
「9条1項、2項を維持し、『自衛隊』を明記する」
②石破茂元幹事長などが主張する
「2項を削除し、『自衛隊』を明記する」
という案で議論しているようだ。
日本を取り巻く安全保障環境が激変する中、憲法9条には
「国防に関わる本質的な問題」
があり、改正が必要だ。
最大の問題は、
「自衛隊の法的安定性が確立されていない」
ことだ。
自衛隊は、我が国の安全保障に不可欠な存在でありながら、憲法に一言も記されていない。
自衛隊の存在は、自衛隊法と防衛省設置法が根拠である。
この2つは法律に過ぎず、国会の過半数の賛成で廃止もできる。
最高裁の砂川判決(1959年)では、自衛権の存在を認めたが、自衛隊合憲の判断は回避している(統治行為論)。
自衛隊はこれまで、「戦力不保持」を規定した憲法9条2項との整合性を問われ続けた。
「軍隊」=「戦力」でない「必要最小限度の実力」とする、分かりにくい憲法解釈が根拠である。
これが6割を超す憲法学者が、違憲あるいは違憲疑いとする理由である。
「自衛隊憲法違反」の一言は、自衛官の心に突き刺さっている。
私もその1人だ。
自衛官は入隊時、
「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」
と、服務の宣誓を行う。
憲法を守り、自分の命より大事なもののために戦うと宣誓している。
にもかかわらず、安全保障の議論や、PKO(国連平和維持活動)などで海外に派遣されるたび、一部から「憲法違反」と非難される。
その言葉を聞く度に心が痛む。
「国民のため命をかける」と誓っている自衛官に対し、
「お前たちは要らない」
「お前たちがいるから戦争が起きる」
と言っているに等しい。
2015年9月に安全保障法制が成立した。
この過程において、自衛隊が「軍隊」でないことから生じる限界や、不必要な制約を克服する前向きな議論を期待したが、残念だった。
憲法調査会の参考人質疑で、与党が推薦した憲法学者の「安保法案は違憲」との一言で議論が拡散し、真っ当な議論がかき消された。
自衛隊が憲法違反と言われないために、法解釈に依拠してきた自衛隊の存在を、いかなる形でも憲法に明記することだ。
憲法に明記することは自衛隊に「憲法上の根拠」を与えることであり、格段に強固な法的根拠となる。
国民世論の熱狂に左右されない組織になり、抑止力も高まる。
長い間、自衛官に突き刺さったトゲを抜くことにもなる。
自衛官に「誇りと名誉」を与える第一歩である。
「自衛隊違憲論争」に終止符を打つことにより、自衛隊が抱える不必要な制約に対して、今度は真っ当な議論ができる。

●憲法9条が強いる不必要な制約 国民と国を守り切れるのか
2018年3月22日
安全保障法制が2015年9月に成立した。
国の存立を全うし、国民を守るために、
「集団的自衛権の限定的な行使」
を認める法制だが、憲法9条は未だに、自衛隊の国内外の活動に
「不必要な制約」
を与えている。
自衛隊は戦力を超えない
「必要最小限度の実力集団」

「保持する防衛力も必要最小限度のものに限る」
とされてきた。
他国に脅威を及ぼすICBM(大陸間弾道ミサイル)や、長距離爆撃機、攻撃型空母など、攻撃的兵器は保持しなかった。
日米同盟上も、自衛隊は「盾」、米軍は「矛」の役割を担う防衛体制を整備してきた。
もはや一国のみで、どの国も自国の平和と安全、利益を守ることはできない。
米軍依存ばかりの時代が終わろうとしている今、自衛隊は米軍及び各国軍と連携し得る、現実の「力」を持たなければならない。
軍事技術が急速に進歩し、日本周辺には軍事大国が存在している。
「必要最小限度の実力」
「限定的な集団的自衛権行使」
「個別的自衛権」
だけで、国民と国を守り切れるのか。
組織的な武力攻撃には
「防衛出動」
で自衛権を発動できるが、その行使は
「必要最小限度の実力行使に留まる」
とされ、軍事的合理性のない憲法の制約がある。
相撲で
「張り手や、突っ張りは禁止。うっちゃりだけで勝て」
と言われているのに等しい。
武力攻撃に至らない侵害は厄介だ。
領空侵犯する航空機、領海侵犯する潜水艦、離島への武装難民の上陸などの侵害に対しては、自衛権は発動しにくく警察権で対処することになっている。
さらに、PKO(国連平和維持活動)や、在外邦人の救出など、海外で活動する自衛隊は本来、国際法の下で活動すべきだが、国内法に縛られて警察権での行動に限定される。
武器使用が国際標準ではないのだ。
実効性ある活動が難しく、自衛官を不要な危険に晒しかねない。
いかなる国も「自衛権」は保持している。
その自衛権を担うのが、国際法では「戦力」(=軍)である。
ところが、自衛隊を「戦力の不保持」を記した憲法9条2項に反しないように解釈してきたことで、こうした制約が生まれた。
「侵略戦争の放棄」を規定した憲法9条1項は改正する必要はない。
だが、憲法9条2項には前述のような課題がある。
憲法9条2項を削除して
「軍を保持する」
とすれば問題は解決できる。
だが、国民の一部、特に幼少期に悲惨な戦争の衝撃を受けた人々には、軍に対する忌避・嫌悪感は沈殿している。
これを溶かすのは簡単ではない。
自衛隊の存在は90%以上の国民が支持している。
国民投票までの時間、道のりを考えた場合、初めて改憲を政治日程に乗せた安倍晋三首相によって実行しなければ、2度と憲法改正のチャンスはめぐってこない気がしている。
憲法9条1項2項を維持し、自衛隊を明記する憲法改正の発議でなければ、国民投票での賛同を得ることはできない。

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