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デッサン力って限界ありますよね?

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ID非公開さん

2018/8/3007:25:54

デッサン力って限界ありますよね?

それから先は個性でしょうか?
画力とは。

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vio********さん

2018/8/3011:39:42

デッサンは不器用でないひとなら、誰でも教えるのが巧い先生に習えば1年くらいでマスター出来るものです。

しかしそこから先は、結局のところどれだけデッサンが好きかどうかだと思いますよ。

自分も普通のデッサンから裸婦デッサン、細密デッサンまではやりましたけど、描いていて自分にはあまり満足感や高揚感がなかったので、ああ、自分はそれほどデッサンには向いていないなぁと思いました。

大学入試くらいのデッサンが出来れば、それ以上のことは自分のスタイル次第なんだと思います。

個性というと、よく奇抜なものを描くのと勘違いしているひとがいます。

個性って筆のタッチやストロークで出るものです。

筆跡鑑定があるように、誰ひとりとして同じ体格で同じ腕や手の動きをしませんし、考えや気持ち感情の起伏も違うわけですから、それらをどれだけストレートに出せるか?

もちろんそういう筆のタッチやストロークが形を作っていくわけで、その形自体も個性が表れて当然なわけです。

しかし大体のひとは、小学校に入る歳くらいから周りの目を気にして、自由に絵が描けなくなります。

つまり本来持っている個性をどれだけあからさまに出せるのか?が問題であって、そしてそれが他人にどれだけ伝える事が出来るか?があなたの思っている「画力」なんだと思いますよ。

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ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

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2018/8/3016:34:45

デッサン力には限界は貴方が決めるのではないですし、貴方が限界を知られたとのごとでしょうか?私は、ある意味限界はその人には少なからずないとは言えませんがね、でもその先個性というのは考え方おかしいようです。それから先は個性とはどわなことてをしょうか?
個性とデッサン力は違います。
個性は自分の描画のオリジナルな描きかたですから、こうだという基本どうりの描き方とは違うものです。個性的な描き方なんです。
その先はその人の画力高めるための努力の方法なんでしょう
考え方なんですが、

デッサンは(画力)とは「絵が上手くなるため上達するため」にやると思うんですが、絵を描く上でデッサン力、技術力、画力といった「上手さ」を軸にすると高確率で続かないです。
上手くなり続ける人の軸は「楽しい」「好き」「面白い」だと傍から見て思う
しかも絵を学ぼう、練習しようと思ったときにネットのおかげで色んなノウハウが出回って技術習得のハードルが下がり、独学で上達するのも容易になってると思います
世の中で絵が上手い人が増えて多くなっており、習得コストが下がってるということは「上手い」というだけの価値は低くなり、仮に上手くなっても大半の人は有象無象で散っていくんじゃないかな。
というのが「上手さ」を軸にした場合に考えられること

デッサンを軸に考えると、上手い人達がいる中で凹まずに上手くなるモチベーションを保ち、さらにその人達に勝てる力を身に付けることを考えることになりますが達成できない目標にほとんどの人は詰みます。
といった具合に精神的にも将来的にも「デッサン」を拠り所にするのはよくない。
まずは続けるためのハードルを下げる意味でも初心者の段階でデッサンは考えなくてもいい。
神絵師として有名になり崇められるのに必要なのは画力ではない?
基本的にデッサンはつつまらない
絵を描く人は萌え絵だったり、イラストだったり、風景だったりと個人によって描きたい絵、好きな絵の好き嫌いや好みが違います。
そういう人達に対して絵の基礎だからと一律にデッサンをやらせるより、個々の描きたい方向性を伸ばし、本人が必要だと思ったときにデッサンをやるというのが理想だと思ってます。
やる気もなく、必要性も分からないときにやる学習ほど覚えが悪いものはな
これは上達して上手く描けるようになってからそう思うようになっただけで一般的にデッサン自体が面白いわけではないと思いますよ
受験のために描いてたけど、上達することで面白くなるならデッサンである必要はないし目標とする絵があるんだったら最初から描きたい絵を描いて上手くなってた方が最初からモチベーションも違うから上達も早いし、楽しいと思うことなら続けられます。
好きだったり面白いと思うことって上達が早いし継続できるので、上手さではなく「好き」や「面白い」を軸にするべき。
デッサンは体系的に訓練できる環境が大事ですし
デッサンって独学でやっても効果が薄いと思ってます。
デッサンのいいところって技術として体系化されてることだと思います。
デッサンは環境が揃って効果を発揮すると思っていて、指導者がいて、他人と比較できて、講評を受けることができる環境で反復して描くことで体系化された技術を継承して気付く力や考える力を身につけて、自分一人で描いても上達できるように養えるところが体系的なデッサンのいいところだと思うんですが、独学だったら方向性もわからず無駄な無駄してる可能性もあると思います。
だったら自分の「好き」なことや「面白い」と思うことやり必要となったときに考えるか、最初から体系的に学べる環境に身を置いた方がいい。
「いや俺独学でやって上手くなったよ」という人もいると思いますが、そういう人は上位数%の人種だから!
ここで勘違いされては困ります
環境の力は大きいで
【裏技】絵の初心者でも確実に上達する「環境」について
デッサンなんて絵の要素の一部でしかない
デッサンを重視する人はデッサンが上手ければ評価されるはず・・・と思ってる節があるかもしれません。
デッサンの上手い絵 = 売れる絵、評価される絵ではない!

絵には色んな役割がありストーリーがある、面白さがある、感動がある、癒しがある、分かりやすさがある、勉強になる、といった具合に色んな要素があり、デッサンや上手さは絵を構成する要素の一部でしかない。
そもそもデッサンは手段であって目的ではない上に、スキルではなく、スキルを身につけるための下地に過ぎないのでその先で何を身につけるかの方が重要だと思います。
なので萌え絵を描きたかったら萌え絵を描いたらいい。
リアル絵を描きたかったらリアル絵を描いた方がいい。
その上で必要だと思ったら手を出したらいいと思います。
自分の武器として「上手さ」以外の付加価値をいくつも持つ、そういった複合スキルを身につける方が大事なのでは?と思ってて、デッサンは挫折するポイントがたくさんあるので初心者のうちは必要だと感じるまでは
やらない方が長続きするんじゃないかと思ってます。
これらは画力を高めることは確かなことです。それでやる気をなくされたらそれまででしょうね 克服するには自分のその考え方なのです、あくまで個人的ですからお察しください

ior********さん

2018/8/3015:14:44

ボクは小学生でしゅが…

デジタル線画の神としゅて 絵画カテに君臨しゅる

"ボクは小学生"

絵画カテで 唯一の東大 早慶大卒のプロイラシュトレーターでしゅが…

しょういう 抽象的 かちゅ 定量化出来ない シチュモンをしゅると

↓下の 4号みたいな 絵のまったく描けない ネットから画材を拾ってくる

以外 能力のない ザコが来るので 止めてチョンマゲ!

こおの自称 五流美大卒の回答のバカげたことは

何だ?

fel********さん

2018/8/3014:49:12

ボクは小学生でしゅが…

デジタル線画の神としゅて 絵画カテに君臨しゅる

"ボクは小学生"

絵画カテで 唯一の東大 早慶大卒のプロイラシュトレーターでしゅが…

しょういう 抽象的 かちゅ 定量化出来ない シチュモンをしゅると

↓下の 4号みたいな 絵のまったく描けない ネットから画材を拾ってくる

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こおの自称 五流美大卒の回答のバカげたことは

何だ?

ボクは小学生でしゅが…

デジタル線画の神としゅて 絵画カテに君臨しゅる...

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カテゴリマスター

kap********さん

2018/8/3013:16:32

限界とは、人によって違います。
汎用的に限界ってあるのかな。
根気続かなかったり、集中力がなかったり、
そもそも絵心と言うか、いわゆる才能が無いって言われる人は直ぐ
「限界」を感じます。
デッサンの描写に何を求めるかで限界の感じ方は違うのでは。

私的には限界そのものが人によって違うので、
「デッサン力に限界がある」という文言を
「人によっては直ぐ壁にぶち当たって伸び悩みやすくなる」ぐらいの意味にしか感じません。
実際のデッサン力の限界ってどういうことかピンと来ません。
というのは、私自身、基本に立ち返る意味で割りとしょっちゅうデッサンをしますが、限界を感じたこと無いし、描くことで色々発見を体験するからです。

まぁ、個人の感想はさておき、限界を感じたらそっから先は個性。
これも違うと思います。
まぁ、一定の水準に達したら個性が現れやすくなりますが
その前から個性の発露はあります。
それから先はなく、その前から個性にじみ出ているはずです。

基礎を生かしてこその個性ですが、基礎がなくても個性の発露はあります。
個性は抑えようとしたり、こっから先、などどコントロールできるものでは無いでしょう。
基礎にも個性はにじみ出ます。その個性が稚拙であったり未発達であったりはしあす。
同じものを描いても基礎だから誰が描いてもまったく同じ絵というのは出来ません。
きわめて個性的でなくても持ち味として個性は誰しもいつでも持っています。

画力は基礎も個性もそれ以外の要素も密接に絡みあった表現力です。
一概にこれこれ斯く斯く然然の画力といえません。
人によってどういう要素が色濃く出てくるか違います。

貴方の質問文が極めて短く、お考えがわかりません。
デッサン力に限界があるというお言葉自体短絡的に感じます。
なぜ、どうして限界があると感じるのかそれすらわからないので
単純に肯定できません。

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カテゴリマスター

2018/8/3012:03:46

仮に限界があるとして、
そこまで到達する人が果たしているのかは疑問です。

人間の目と人間の手で、
粒子状の画材を使っている以上、
それぞれに「限度」という物はありますので、
そこを能力の限界と言ってしまうと少し違うのかなと思います。

それらの要因については、
それぞれになにがしかの技術力の発展で
乗り越えられる可能性がありますので、
可能性がある限りは、限界とも言い切れなくなります。

半ば言葉遊び的な様相ではありますが、
あらゆる可能性が0でない限りは、
絶対に無理とは言えないのです。

デッサンという物を
例えば美大受験の様な物だけを考えてしまうと
少し分かりにくいかも知れませんが、

実際にデッサンの定義に
人間が1人で描かねばいけないということも
鉛筆や木炭以外の道具や技術を使っていけないということも
ありません。

規制の概念の中でということであれば、
限界は割と近くにあるのかも知れませんが、
デッサン自体をもっと広く捉えると、
その壁は意外と簡単に無くなってしまうかも知れません。

個性という物が技術の限界の先にあるということもありませんから、
技術の先にあるとも限りません。
また、個性というのは個人を基本とする性質なので、
むしろそっちの方が限界点が低いかも知れません。

「画力」という言葉は、
ものすごくその定義が曖昧で、
「力量」を表す言葉の様に用いられますが、
その量を量る単位を持たない言葉です。
つまり、「精神力」などと同じ様に
ニュアンスで使われる事が多い
不確かな言葉と考えられます。

単位も量もわからないものについて
限界を設定する事はそもそもできません。

もし、「画力」という言葉に「限界」を設定するのであれば、
絵に対して客観的な点数などを付ける事が可能な
極々限定された状況に限っての話になるのではないでしょうか?

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