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山陰線の米子(操)から東松江までは、1996年3月まで、さらに江津までは1986年11月...

chi********さん

2018/8/3118:35:46

山陰線の米子(操)から東松江までは、1996年3月まで、さらに江津までは1986年11月まで貨物輸送がありましたが、

岡見から江津までは、いつまで貨物輸送があったのでしょうか。
DD51より古くD51の時代でしょうか。
今回の迂回運転にあたり、設備の補強や修繕を行ったのは、この区間ですか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2018/8/3122:52:04

1997年3月のダイヤ改正で貨物列車の設定がなくなりました。
(実際は1996年秋から運行休止されていたとのこと)

製紙工場関連の貨物輸送を行っていて、製品出荷用のワム車と化学薬品納入用のタンク車とが混結されて、山口線経由で九州や山陽本線の新南陽などとの間を行き来していたようです。
▼江津貨物の動画
https://www.youtube.com/watch?v=cD14fnVxR3o


線路の補強等が実施された区間などについては、JR西日本からの言及がないのでわかりませんが、今回の迂回貨物の運転区間では、部分的ではあるものの、2001年に高速化のための軌道強化が行われています。
おそらく、重量のある貨物列車の走行を考慮して、橋梁などの建造物を中心に補強を実施したものと思われます。


蛇足ながら、山陰本線での貨物列車の廃止は、
1984年2月改正で、江原~湖山間と益田~幡生間
1986年11月改正で、梅小路~江原間と東松江~江津間
1996年3月改正で、米子~東松江間
1997年3月改正で、湖山~伯耆大山間と江津~岡見間
2014年3月改正で、岡見~益田間(2013年7月の水害で休止)
・・・の順で続き、
2015年3月のダイヤ改正で伯耆大山~米子間が廃止されたことにより、山陰本線の定期貨物列車は全廃となっています。

質問した人からのコメント

2018/9/6 21:16:34

詳しくありがとうございます。伯耆大山から米子までも廃止となり、完全に根本から撤退したのですね。
山陰線は、嫌いなのでしょうか。
江津貨物は、国鉄らしい画像ですね。

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