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結果論になりますが、南満州鉄道は日米合弁にすべきでしたよね? 南満州鉄道が日...

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ID非公開さん

2018/9/618:53:30

結果論になりますが、南満州鉄道は日米合弁にすべきでしたよね?
南満州鉄道が日米合弁で設立されれば、米英の支援の無い満鉄平行線の建設は不可能となり、その他の満蒙問題もアメリカと共同で

対処することになります。
そのため、日本は中国の権益確保に固執することなく、軍部が暴走して太平洋戦争まで突っ走ることもなかったはずです。
また、アメリカと共同で工業開発などを行えば、戦前から既に重工業化(日本で言う高度経済成長)を達成していたアメリカから、大量生産技術などを吸収することが出来ます。
史実では、日本は第一次世界大戦時に一時的に重工業が発展しますが、戦争が終わると下火になり、再び成長し出すのは1930年代です。
大量生産は、1950年の朝鮮戦争特需時にアメリカの指導によって達成され、エネルギー革命は1960年代まで待つ必要があります。
しかし、南満州鉄道が日米合弁で設立されていれば、これらの経済発展や技術革新は30年以上早まっていたでしょう。
みなさんはどう思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

brz********さん

2018/9/1123:14:01

日露戦争後に起こる、清朝の崩壊と中華民国の建国(辛亥革命)と第一次世界大戦の勃発という荒波をどう乗り切るかという難問はありますが、少なくとも「米国と歩調を合わせて、米国の外交政策と対立しない方向で日本の針路を決める」という舵取りを行うことが出来ていれば、その後の日本のあり方は大きく変わっていたでしょうね。

ぶっちゃけた話、史実の南満州鉄道は確かに利益を出す存在ではありましたが、現地に展開する関東軍の駐留経費や、権益の返還を求める中国政府との軋轢によって生じた1920年代後半に生じた貿易の不振といった負の側面を勘案した場合、トータルでどこまで日本にとってプラスであったかというと、かなり疑問なところです。

アメリカを締め出してまで満州権益を確保しようとしたのは、はっきり言ってしまえば、「俺たちが血を流して手に入れた貴重な権益だ」という陸軍のメンツを立てるための処置という面が強く、日本と言う国にとって満州権益はお荷物としか言いようがないシロモノだったといった方が良いでしょう。


アメリカを満州に引き入れて恩を売り、彼らと鉄道を共同経営して満州という地域を安定化させてそこに新たな市場を作りだし、地理的な近さと言う強みを生かして貿易に専念していれば、安定した利益を手に入れることはそう難しくはありません。

アメリカにしても日露戦争を戦った日本に対して、満洲を独占するなんて言う乱暴なことが出来る筈はありませんし、そもそも「門戸開放と自由貿易」というスローガンを掲げるのが米国の方針ですので、日本の参入を拒否することもできませんし。


そして何より大きなメリットは、米国という巨大な力を持った国と友好的な関係を保つ環境を手にすることができるという点です。

もともと日本は貧乏な国なのですから、金と力を持った国に対抗して過重な軍備を自前でそろえるなんてことはせず、強い力を持った国に対しては逆らわずにコバンザメのように引っ付いて、身を小さくして世の中を渡っていくというのが似合っています。

それを勘違いして一部の軍人や政治家がイキりまくった挙句にバカをやった結果があのみじめな敗戦だったのですから。

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yta********さん

2018/9/1123:19:26

今だから、そんなことが言えるけれども
日本は何万もの兵士の命を失っている。
アメリカは金を貸しただけで、それは返さなければならないのだから、何の恩義でもない。
アメリカは1万の兵でも満州で死なせていれば話は別だけれども
1兵も死なせていないアメリカに満州利権をわけてやるなんて、売国奴でしょう。当時だれも賛成しませんよ。

dtm********さん

2018/9/1013:50:44

小村寿太郎は、アメリカの鉄道王ハリマンが満洲における鉄道の共同経営を提案したのを桂太郎総理や元老たちの反対を押し切って拒否しました。あとからみれば質問者さんのとおりだけど、多くの血を流して得た利権が、アメリカとの合弁の後、乗っ取られてしまう可能性があることに我慢ならなかったのでしょう。

the********さん

2018/9/922:19:04

私は、残念な見方をします。

南満州鉄道が日米合弁で設立されていれば、日本がアメリカの下請け国の地位に成り下がった懸念が大きいです。


アメリカが、日本に技術・経済的な便宜供与を行う理由が乏しいのです。

この1906年時点では、合弁の形を取ったとしても、日本はロシアから得た南満州鉄道の現物のみの資本参加になり、残余の運転資金や事業展開資金の相当部分をアメリカが出資する形になり、
合弁とは言うものの実質的に事業展開するのはアメリカ側という事になり、
実質的には米国の経営会社に成り下がります。


アメリカは、1902年までフィリピンで傀儡政権を作るために米比戦争を戦い、
共和国をバックアップしていたはずが、フィリピンを植民地化しました。

この伝で「満州国」がアメリカの植民地となった懸念が大きいと考えます。


この頃(史実では二次大戦終了後まで)の植民主義白人の行動はパターン化していました。

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syu********さん

2018/9/713:08:36

残念ですが 日露戦争で資金を使いはたした日本には、米国・ハリマンと提携しても なんのメリットもありません

資金の出した側に 開発の主導権と果実が回るのが資本主義社会の掟です。
満鉄平行線だって 米国主導で建設して 中華民国と提携を深めたでしょう。

軍部の暴走というが日本の財閥と国民が大歓迎し「満州と蒙古は日本の生命線」だという 勝手な侵略思想が 当時の古代天皇復古主義と合わせて 国内ではびこりますから 自惚れて 自爆するのは同じです。

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jun********さん

2018/9/620:21:31

確かに、桂太郎首相はその意思があったようなので、
合弁が実現していれば、その後の日米関係は、
大きく変わったでしょうね。
ただ、日露戦争に勝って以降、太平洋におけるアメリカの脅威は、
ロシアから日本に移っています。

だから、必ずしも日米共同の満州開発が円満に進んだかどうかは、
極めて不確定な要素があります。
ただ、大正時代前半までは、軍部の政治介入はほとんど無かったので、
政府が強いリーダーシップの下、日米の経済的連携を強化すれば、
両国が戦争に至る事は無かったでしょう。

今日の米中関係を見ても分かるように、
経済的にズブズブの関係になってしまえば、
政治的意見対立が起きて、緊張関係が高まっても、
武力衝突に至る事はありません。
大国間の戦争は、イデオロギーの対立ではなく、
利害関係の対立で起きるものなので、利害の共通関係があれば、
戦争という選択肢は、封印されます。

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