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昭和天皇が第二次世界大戦の終戦間際に、自分の財産を国外に隠そうと赤十字の船を...

unk********さん

2018/9/2012:48:08

昭和天皇が第二次世界大戦の終戦間際に、自分の財産を国外に隠そうと赤十字の船を使い、その為船が足らず、多くの日本人が満州から逃げれずに殺された。

戦争が長引き、原爆を落とされたのも、全ては自分の利益に走った昭和天皇の責任だ。という説を読みました。

しかし皇族が大金を持っても私生活が筒抜け、というか、そもそも私生活など無い様に思えるし、使い道がないと感じています。

みなさんはどの様に考えているのでしょうか?

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bri********さん

2018/9/2623:32:09

unk********さん

>昭和天皇が第二次世界大戦の終戦間際に、自分の財産を国外に隠そうと赤十字の船を使い、その為船が足らず、多くの日本人が満州から逃げれずに殺された。

寝言もほどほどに・・
真相があるというなら、信頼できる筋からのソースをお示しください

>戦争が長引き、原爆を落とされたのも、全ては自分の利益に走った昭和天皇の責任だ。という説を読みました。

昭和20年の春頃から、大日本帝国はソ連に仲裁を打診し始め、返答をずっと待っていますが、待てど暮らせどソ連から返信はありませんでした
(それもそのはずで、ソ連もまた日本への侵略のタイミングを狙っていました)
http://blog-imgs-29.fc2.com/s/a/r/saro109/2009072308144403d.jpg

米国の原爆投下は「核実験」です
トルーマンは、(日本に降伏をさせないようにする)時間稼ぎのため、
ポツダムの文書の内容を直前で書き換えています



昭和天皇は敗戦直後、
一人の護衛も付けず「丸腰」で、GHQ・マッカーサーを訪ね、
「自分の命と引き換えに国民を救って欲しい(国民に衣服と食糧を与えて欲しい)」と懇願されている

会談に同席したバワーズ通訳官の証言(証拠)
http://nicogame.info/watch/sm22667262

マッカーサー
「私は大きい感動にゆすぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに、天皇に帰すべきではない責任までも引受けようとされた。この勇気に満ちた態度に、私の骨の髄までもゆり動かされた。私はその瞬間、私の眼前にいる天皇が、個人の資格においても日本における最高の紳士である、と思った」

unk********さん...

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ベストアンサー以外の回答

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sup********さん

2018/9/2018:58:34

どこの国が引き受けるの。また終戦間際どうやってGHQの目をごまかすの。

山下財宝ならぬ、菊の財宝ですか。

fit********さん

2018/9/2017:38:55

そもそも「第二次世界大戦の終戦間際に、昭和天皇が自分の財産を国外に隠そうと赤十字の船を使い、その為に船が不足し、多くの日本人が満州から逃げれずに殺された。戦争が長引き、原爆を落とされたのも、全ては自分の利益に走った昭和天皇の責任だ」という言説には多くの疑問符がつきますね.例えば、

戦前の皇室財産はGHQ(アメリカ占領軍総司令部)の徹底的な調査、また日本の大蔵省などの調査により、現在の価値で数千億円にも達していたことは確かです.

しかし、これは天皇が個人的に消費できる財産ではなく、天皇や皇族がご自分の意思で自由に使える「御手元金」ではなく、宮内大臣が管理している公金であった.また財産の多くは林野や土地・建物・有価証券のほかは僅かな現金であり、国家が使える一般予算の中から、国家機関が自由に使える「お金」として、官僚がへそくり用に使っていた財産である.実際、大戦中はこの皇室財産から陸海軍の膨らむ一方の予算を補填しようとの案まで出されたことがある.

天皇が直接に必要な生活費は侍従などを通じて宮内大臣に知らされ、宮内大臣が支出することになるのだが、昭和天皇は倹約家であり、個人用の物はぼろぼろになるまで使用されており、この伝統は現在まで続いている.

このような「皇室財産」を天皇が「私的に」「違法に」海外に持ち出ることを仮に宮内大臣も了承したとして.いったい何の意味があるのだろうか.ちなみに天皇自身が海外に逃亡するなどということもあり得ないし不可能である.米軍はドイツ占領の経験に鑑み、日本の占領は天皇を介してて統治する「間接統治」にすることを決めていた.日本周辺の海域はアメリカの潜水艦が大量に徘徊し、民間の船舶もすべて攻撃対象にされていたし、日本の無線暗号はすべて傍受され、このことは日本側も当然疑っていた.天皇ご自身も東京から田舎へ疎開することさえせず、国と運命を共にすることが天皇の務めだという信念を貫かれた人である.

さらに、多くの日本人が満州から逃げられなかったのは、満州の鉄道や港がソ連軍などに接収されたからであり、船が足りなかったのが主な原因ではない.終戦後、満州からの引き上げが可能になったのは翌年の春からである.

「戦争が長引き、原爆を落とされたのも、すべて…」
明治憲法の文言にもかかわらず、戦前はドイツの帝政が模範とされ、天皇は立憲君主に過ぎなかった.また歴史上、天皇は天照大神をお祭りする存在であり、自ら執政しないのを原則とする.天皇が大権を振るうのは国家が危殆に瀕し、行政機関が麻痺したときだけである.このことはわが国初の成文法規である十七条の憲法が、すべて政治を行う官僚への命令と訓示であり、国民は善政を施すべき対象とされていたことを見れば明らかであろう.シナのように皇帝自ら行政の最高責任者であるなら、何も国の基本法で官僚を戒める必要はない.自ら行政を改めれば済むからである.

それゆえ、昭和天皇は時に個別の希望を暗示されることはあったものの、御前会議のような憲政上の正式な決定の場では自らのご意思を示されることはなかった.にもかかわらず、御前会議の議題であるポツダム宣言受諾の可否につき、重要閣僚の間に意見の一致が見られず(内閣の議決は慣例的に全員一致が必要であった)、しかしこのまま終戦を見送れば国の内外で多くの国民が斃れるばかりか、国土が複数の外国によって分割占領される事態にもなる.ここに至って、内閣総理大臣が天皇の御聖断を仰ぎ、よって天皇が涙を流しながら終戦の決意を述べられ、これには断固反対であった陸海軍大臣も沈黙せざるを得なかった.この天皇の御決断は明治憲法かの法制には反する虞があるあるものの、長い伝統の間に天皇が御聖断を下された「国家存亡のとき」の条件には反しなかったと見るべきである.

このように、御聖断はこのタイミングでしかなすことは出来ず、仮にミッドウエー海戦の終了時、またはサイパン島失陥などの要事に下されていたら、日本側の犠牲者はかなり少なかった筈だが、その後の憲政政治、いやいや天皇という文化的本質、ひいては政治制度自体にも悪しき前例を残すことになったはずである.

zer********さん

2018/9/2017:01:37

終戦直前なんてどこに逃がしても財産を使うすべがないですがどこへ逃げようとしたと言いたいんですかね?そもそも赤十字船を含む病院船はアメリカの無差別攻撃で9割沈められてますけどね
あと天皇には直接船や部隊動かす権限ありませんから

皇室財産は戦前は国家財政と分けて管理されていましたが、戦後に国有財産にすべて合算されたため、皇室皇族には資産と呼べるほどの資産はありません。宮内庁が皇室の生活を保護していますが、宮内庁予算は国家予算であり皇室天皇のお金ではありません
皇室が「名目上」自由に使えるお金は内廷費と呼ばれ内廷皇族(現在は5人)で合計3億円ほど支払われていますが、9割以上は皇居などの維持費人件費や神道祭祀など用途が定まっており、自由に使えるお金は一人当たり500万円程度と国家元首としてはないも同然のレベルです

一生涯自由はなく常に万人の目にさらされ続け、高齢になっても国務行事を主催しなければならないのに保証されるのは事実上衣食住だけなんですからとんでもないブラック職場ですね

zez********さん

2018/9/2016:18:08

なんの根拠もなく主張されるたわ言を「説」と扱う必要はありません。誹謗中傷は言い出しっぺも流布させる奴も同罪です。

hus********さん

2018/9/2014:57:12

デタラメです。原爆おとしたのは落としたやつの責任です。
そこからして、信用出来る話ではありません。

船に乗れるところまで来れてればそんなに殺されてませんよ。
殺されてるのはそこに行くまでですよ。

デタラメもいいところですね。

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