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閔妃を殺害したのは日本人ですか? 朝鮮人ですか?

bgj********さん

2018/11/202:53:41

閔妃を殺害したのは日本人ですか? 朝鮮人ですか?

共犯ですかね。

閔妃殺害について、朝鮮人の部隊が暗殺したともあり、日本人の公使が関与していたともあり、誰が閔妃を殺害したのか私にはわからないです。 あるいは共謀であり、朝鮮人でもあり日本人でもあるのですかね。

あと、閔妃は相当な独裁者と化していたとも聞いたのですが、それも真実なのでしょうか?

朝鮮半島の歴史にお詳しい方などから、回答いただけたら幸いです。お待ちしてます。

補足皆様方回答ありがとうございます、美浦などが首謀者である可能性が高いのですね。
しかしながら、当時の朝鮮の大院君が閔妃暗殺を持ち掛けた一面もあるようです、それと従犯にせよ朝鮮人兵士も協力していたのは事実のようです。 朝鮮人も日本人も共犯者だったのは事実のようですね。

ただ閔妃は相当な独裁者として民衆へ圧制を強いていたのも事実のようです、それも一因になったのでしょう。

もう一つだけお聞きしたいのですが。
閔妃暗殺(抹殺)に、大院君が美浦に話を持ち掛けたり、朝鮮人兵士も暗殺へ協力していたことは、どのように現在韓国や北朝鮮は受け止めているのですかね? それとも、日本人だけがやったと思い、日本人だけを恨んでいるのでしょうか?

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ava********さん

2018/11/505:41:26

実行の主体はわかっています。
禹範善(ウ・ボンソン)という第二訓練隊隊長が直接の下手人です。
事件は閔妃の自宅である京福宮で起きており、息子の純宗の目の前で事件が起きています。順宗は「憎き母の敵、禹範善」と語り、日本に亡命した禹範善に高永根と言う暗殺者を送り込んでいます。高は1903年に禹範善を殺害し朝鮮に戻っています。


三浦五楼が朝鮮総督府の公使に就任したのは1895年9月1日です。
閔妃が殺害されたのが10月8日であり、赴任した外国で1か月で事件を起こすのは至難の業です。「閔妃暗殺」の計画がある程度進んでいないと1か月での実行は無理でしょう。日本公館の書記官である杉村が10数回大院君と密会していたという話もあります。

原因は1973年にさかのぼりますが、閔妃が生んだ第1子が亡くなり、高宗が女官に産ませた子を大院君が世子(跡継ぎ)として指名したことに始まります。
純宗が誕生すると日本の応援を得て、清国に訴え順宗が世継ぎであることを認めさせます。さらに、高宗の父親として権勢をふるっていた大院君を、儒学者に悪評をばらまかさせ引退させたのは閔妃です。以降、大院君と閔妃は父子で憎しみ合い殺しあっていたのです。閔妃殺害直後に大院君は政権に戻り、閔妃の皇室の籍をはく奪します。
直接の下手人は明確ですが、黒幕は明らかな証拠は出ておらず現在でも不明です。

韓国の国定教科書には「日本人が明成皇后を殺した」と書いてありますし、「民族独立記念館」の壁画の殺害現場とされる絵には日本人と思われるたすき掛けした武士の図しか書かれていません。知識としては朝鮮人訓練隊も加わっていることが知られていますが、犯人はあくまでも日本人です。

  • 質問者

    bgj********さん

    2018/11/606:28:54

    丁寧な回答ありがとうございます、ava********さん。 やはり韓国では、閔妃こと明成皇后を殺したのは日本人と教えているのですね。 
    朝鮮人訓練隊も加わっていることや、大院君が話を持ちかけたことなどは、あまり直視したくないのだろうとも感じました。

    ただ、ous********さんやpol********さんが、禹範善(ウ・ボンソン)は単なる協力者に過ぎず、下手人は日本人だと主張なさってますね。

    反論は可能そうですか? あるいは、明確な首謀者や下手人は諸説あって、どの説も決定的な証拠はなくて、仮説の域を出ていないということなのでしょうか?

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質問した人からのコメント

2018/11/8 04:01:03

やはり閔妃暗殺には大院君が朝鮮側で調整をしていたようですね、一番の黒幕は大院君かもしれないとも感じました。 下手人は明確には特定困難なようです。

ベストアンサーを差し上げますね。とても参考になる回答だったと思います。

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ous********さん

2018/11/314:18:19

これについて最も実証が行き届いている研究は下記である。詳しく知りたいのであればこれを読んで下さい。
以下、簡単に同書の内容を説明する。

この事件の首謀者は三浦公使であることは定説であり確かである。その参謀格は柴四朗、杉村公使館書記官である。実行部隊は、安達謙蔵配下の漢城日報の壮士団(自由党系の壮士も含む)、馬屋原少佐率いる後備歩兵第18連隊と韓国訓練隊、領事館警察など。

実際に閔妃をあやめたのは自由党系壮士の寺崎泰吉と平山岩彦のふたりが刀で殺傷したというのが最も確からしい。彼らはこうした汚れ役として最初からその役割をおっていた壮士団の一員であった。むろん真の責任は三浦、杉村、柴にある。当時の日本政府関係者がどの程度協力したのか、あるいは黙認していたのかなどは不明の点が多いが、直接明確に指示した証拠はない。

参考文献
秦郁彦著、『旧日本陸海軍の生態学 組織・戦闘・事件』(中公選書)
「第3章 閔妃殺害事件の全貌」

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zeu********さん

2018/11/209:02:30

閔妃殺害は下手人は朝鮮人。
つまり、直接手を下したのは李王朝を嫌悪する朝鮮人です。

しかし、殺害を指示・企画したのは日本人です。
朝鮮特命全権公使の三浦吾楼と公使館付武官、朝鮮政府軍部顧問の陸軍幹部たちが指示・企画しました。

彼らは全員広島で逮捕され、裁判や軍法会議にかけられましたが証拠不十分を理由に全員無罪となっています。

共謀ではなく、主犯が日本人、従犯が朝鮮人という関係です。
刑法上、罪が重いのは主犯です。

閔妃は日清戦争で清国が頼りにならなくなると、三国干渉でロシアに譲歩せざる得なかった日本を見て、ロシアへの急接近を行います。

日清戦争で朝鮮半島から清国を排除したと思ったら、閔妃がロシアを引き込もうとしているのです。
日本にとって閔妃は危険な存在となったため処断すべしという発想になりました。
(日本政府が指示したかどうかは不明です)

結果として、閔妃殺害は余計に朝鮮をロシアに接近させてしまいました。
そう、閔妃殺害を聞いた朝鮮国王が

「次は自分が日本に殺されるかも知れない。」

と怯え、ロシア公使館に逃げ込んで、そこで政務を執るという異常事態になります。これを露館播遷(ろかんはせん)といいます。

こうして朝鮮半島にロシアが南下することになり、日露戦争へと続くことになっていきます。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

pol********さん

2018/11/208:46:52

国人イザベラ・バード女史の著書「朝鮮紀行(正確には「Korea and her neighbours」)」(1905年)の第23章には、当時の生々しい状況が記述されています。
当時の、日本側首謀者三浦梧楼被告に対する広島地裁判決にも具体的な事件の経緯が認定されているそうですが。

後の満州事変のように、明治憲法下の、政府の統制に服していない大日本帝国(日帝とします)軍部の独走だったようです。

回答を簡単に言えば、大院君(大韓帝国皇帝高宗の父)と日帝公使ぜん三浦梧楼ら(杉村書記官、岡本軍務顧問官)の共謀ですね。そして具体的な実行計画を立てたのは三浦梧楼ら。

この閔妃殺害事件は、当時の在韓英国公使や著者が、口を揃えて「日本が国際的な面目を失った事件」「日本の外交官の一人が東洋諸国から切り離せない特有の陰謀気質に走った」と軽蔑しています。

閔妃は、独裁というか、皇帝高宗の妃ですが、高宗が優柔不断でやや愚鈍であることから実権を握り、実家側の意向を受けつつ、目先の利益を考え、日本を利用したり、清・ロシアを利用したりしていたようです。

この閔妃と、高宗の実父である大院君が政争を繰り広げていたのですが(どちらも親日か反日かくるくる立場を変える)、閔妃がロシアの手を握ろうとしていたのを阻止するという点で、日帝(とくに軍部)と利害が一致したわけです。

閔妃が居る後宮に突入したのは、日帝の岡本軍務顧問官が指導していた主として韓国人兵士から成る「訓練隊」(うち60名ほどが日本人)と日本人教官で、後宮の周囲で見張りをしていたのが日本人兵士だとのこと。
さすがに、外交オンチでも、日帝軍人らが後宮に突入するのはマズイと考えたのでしょうが、夜見張りをしているところをロシア人顧問ら(ダイ将軍とサバティン氏)に見つかって、そこで何をしているのかと問われ、答えず逃げて隠れたので怪しんで、後宮に入ろうとしたら訓練兵に阻止され、そんな中で、訓練兵は、後宮の女官らを斬殺し閔妃を追った。
大院君も、血まみれの後宮に、後続して入って高宗を囲んだとのこと。

要するに、大院君が相談を持ちかけ、それを受けた美浦梧楼らが実行計画を立て、朝鮮人兵士と日本人を使って実行した、ということです。



以下、参考までに。

歴史学者はあまり言わないようですが、実は、これは、以下のように、ロシアが朝鮮で力を得るに重要な契機となったようです。

発覚してすぐに、日帝政府の下に有る警察(軍は、政府の下ではなく、天皇の下で政府と対等だった)が三浦らを発覚後直ちに逮捕しました。

イギリスなど列強帝国の文献では、当時、猿程度に見ていたはずの東洋人の中で、井上馨は例外的に非常に評価が高く、「傑出した日本の政治家で、人格高潔、頭脳明晰、誠実、東洋で最も信頼と尊敬に値する人物」という評価が多いようですが、この閔妃殺害事件の前年7月に大島氏らが起こした後宮占拠事件が起きており、その後、井上馨が朝鮮に赴いて、閔妃と面談した際に「どんな大逆を立てる者が有っても日本政府が武力をもってしても必ず朝鮮王室を守ります。」と高宗・閔妃に約束していたのです(井上の日帝政府へり報告書)。
これで、日帝軍が後宮を警備することで、閔妃やイギリス、ロシアなど列強も落ち着いたのですが。

そのため、日帝政府は、閔妃殺害事件が起き、三浦らが加担していたため、国際的に面目丸潰れとなったようです。

この事件の直後、皇帝高宗は、訓練隊に代わって日本軍が王宮警備をして欲しい、と希望したけれど、イギリス側から「日本政府にとって東洋の先進国たる地位と威信をこれほど傷つけられた事件はなかろう」と言われるほどで、日帝は恥じて、王宮警備を固辞しました。

朝鮮に野心があるロシアの公使ですら「日本が警備すればよい」と言ったのに、日本は辞退した。

事件後の会合に参加した英国公使らは、「その後、朝鮮でロシアが次第に力を増したが、日本にとっては、それは自業自得である。王宮警備を日本がすることを各国が勧め、ロシアさえも日本がすべきだと確かに言ったのに、日本はそれを辞退して王宮の警備をロシアがすることを容認したのだから」と言っていたようです(朝鮮紀行)。

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y42********さん

2018/11/205:35:13

YouTubeで、CGSの『じっくり学ぼう日韓近現代史』の14話で『閔妃の後半生と朝鮮【宮脇淳子】』がピンポイントで解説してるので、視聴して下さい。
閔妃の写真は本人ではない、という部分から、きちんと解説しています(この写真、西郷隆盛肖像のように間違ったまま訂正されずに流布してるタイプの史料です)。
1話10分ちょいで、コンパクトに纏めているので、オススメ。

宮脇淳子は、モンゴル史を筆頭に中華圏が専門の大学教授で、旦那さんも中華圏専門の大学教授。
中華圏をトータルで語れる、数少ない専門家です。

なぜ、閔妃が出しゃばっているのか、夫は何故出てこないのかは、閔妃の動画でも触れてはいますが、儒教思想に由来するものです。
この辺の理解は日本人には難しいので、できればシリーズを最初から視聴してみて下さい。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

rur********さん

2018/11/204:46:50

殺した(直に手を下した)のは韓国人。

閔妃殺害(乙未事変)は密やかな暗殺じゃなくて武力突入。
王宮に大人数が突入して、戦いの末に閔妃が殺害。
この突入部隊は、日本人も朝鮮人もいる混成軍。
という訳でどっちが主体かについて論争はあるけど間違いなく日本人と朝鮮人の共犯。


日本の公使(三浦梧楼)は計画者として関与していた可能性が高い。
公然の事実として語られ、状況証拠からもその可能性は高いんだけど、確たる証拠がある訳じゃ無いので、本当に関与してたか実は分からん。


真の黒幕~計画には気付いていたんだけど、クーデター成功した方が都合が良いので見逃してクーデターしやすい状況を作ってやった

のどこか。

本人が観樹将軍回顧録にて「自分は本当に無関係だ」と訴えるのではなく、何をやったかはぼかしてるけど何かはやったことを示唆してるので、確実に何かはやった。




黒幕については諸説あり。

三浦梧楼が独断専行でクーデターを煽った説
朝鮮人(反閔妃派)によるクーデター(に三浦が力を貸した)説
日本政府黒幕(三浦が日本の指示でクーデター煽った)説
三浦がクーデターに手を貸したのは日本政府の意志があったから説

どれが正解はか分からないけど少なくとも三浦梧楼が関与していたのは確かだし
閔妃の排除を狙った朝鮮人のクーデター勢力が関与していたのも確か。

どういう経緯で参加者たちが結びついて、誰が主体的に物事を動かしたかという経緯が不明。


閔妃はめっちゃ独裁者。




纏めるとこんな所。


閔妃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%94%E5%A6%83

乙未事変
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%99%E6%9C%AA%E4%BA%8B%E5%A4%89

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