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西本聖や秋山とかはドラフト外ですが、二人ともプロ入りを拒否していて、その後〔...

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ID非公開さん

2018/11/508:01:38

西本聖や秋山とかはドラフト外ですが、二人ともプロ入りを拒否していて、その後〔やっぱプロ行きます〕と言ってプロに行ったのですか?二人ともどうみてもドラフト一位だし

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tok********さん

2018/11/621:53:06

当時は今と違い圧倒的に情報のない時代です。
地方大会の決勝くらいは地方テレビでOAされますが、高校野球のアングルはバックネット裏で映像ではプロとの比較がしづらく、当然スピードガンなんかはプロ野球くらいしか存在していません。
選手が自らの力を示すとなると相対的評価、すなわち注目度の高い甲子園や六大学、もしくは首都圏の大学リーグや社会人の全国大会で結果を出すことが、圧倒的にプロ入りの最短コースでした。
おそらく甲子園に出ないで1位競合指名があったのは遡って江夏くらい…それも大都市大阪の高校で決勝までいったからこそでしょう。
今と違って実力や潜在力があってプロに行けなかった選手や、逆にアマの実績だけでプロに行けた選手は腐るほどいたと思います。
秋山に関しては、西武の前身のクラウンライターが九州が本拠地だったことで、少なからず情報網があったことも影響したでしょう。
これが野球後発地域の選手だったら指名すらかかっていなかった可能性があります。
逆に今の情報網が発達した時代なら普通に3.4位くらいで指名されていた可能性もありますが、いずれにしろ素材型の領域は出ていないでしょう。
西本にしろ秋山にしろ注目されづらい環境で入団させた球団の勝利であって、文句をいう他球団もなければ裏取引もなかったと思います。

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me3********さん

2018/11/510:19:58

当時はプロ志望届のNPBへの提出ではなく、高校生が退部届けを出せばプロ野球が指名出来ると言う、曖昧なシステムでした。

秋山幸二さんは高校時代は投手で、大学進学を希望をしていました。
高校では伊東捕手の学校に負け、九州には自分より優れた井上祐二投手もいた為、自分の力がプロで通用するとは思っていなかった様です。

それでも西武を中心に3球団位が説得を続け、結局は秋山さんの高い身体能力(本人が両親に感謝している強くて柔らかい身体)から判断して、「打者で生かす」と言う西武に入団。

裏取り引きと言えるものでは無かった様ですよ。問題になりだしたのは、秋山さんより下の年齢の人達かと思います。

(西本さんは個人的に何も存じ上げませんので、分かりません)

tok********さん

2018/11/509:57:34

西本聖はプロ入り拒否という形ではありませんでしたが、名門・松山商のエースながら甲子園出場も果たしてはおらず、その意味ではノーマークでドラフトで指名する球団もありませんでした。しかし、巨人の中国・四国担当スカウトは育てればチームの中軸となるだろうと目をつけていた様で、ドラフト直後に即刻入団交渉に入り、獲得にこぎ着けた、との事。

巨人のスカウトが事前に来ていたが、指名されずに当初は失望したものの、上位の指名枠で獲得したい選手がいたため、ドラフト外となって申し訳なかった、と詫びられた上で、入団はすんなり受け入れた、という経緯はある様です。ただ、同期入団のドラフト1位は定岡正二で、片やスター扱いで背番号も20、それに対してマスコミには見向きもされずに背番号も当初は58、という扱いに戸惑いは見せながらも、持ち前の負けん気で猛練習にも耐え、結果的に定岡の3倍あまりの勝ち星をあげたのだから、安い買い物だった、とは言えるでしょう。

小学館「スペリオール」に連載中の「江川と西本」に詳細は出ています。

一方、秋山幸二は、当初は九州産業大への進学を表明していたため、ドラフトには指名されなかったものの、器械体操等の経験もあり、身体能力の高さには注目されていたために、西武のスカウトが何とか大学進学よりもプロ入りを、と交渉して獲得に踏み切った、と言われています。

勿論、すぐにプロで通用するセンスではなく、当初の背番号も71と地味でしたが、米国のウィンターリーグに派遣されるとみるみる打撃センスを発揮し始め、4年目の1984年に選手の新旧交代が試される中で頭角を表し、その翌年にはシーズン40本塁打を記録するまでの中心打者となりました。もっとも、広岡監督の下でリーグ2連覇こそ達成したものの、田淵、山崎、大田らのベテランに衰えが来ていた時期でもあり、その後継者として育てられ、満を持してレギュラーになった、という感じでしたか。

両者とも、プロ志望届の存在しない時代だからこそ実現した大発掘、でしょう。

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2018/11/508:53:47

秋山は一軍上がりたての頃は守備はポロポロエラーばっかりだし(最初は確かサード)、打ってはガスって感じのポップフライかボテボテゴロ、挙げ句の果てにクソボールに手を出して空振り、コイツ目悪いんかな?と思ったくらいです。西本も野球部を脱走したとか評価は低かったと思いますが、原石の輝きを見つけたスカウトの勝利ですね。ドラフト一位級ではなかったですね

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