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関ヶ原の戦いで東軍について後悔した武将は多いですか?

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ID非公開さん

2018/12/1322:12:45

関ヶ原の戦いで東軍について後悔した武将は多いですか?

淀も東軍味方して後悔してるのではないですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2018/12/1400:56:26

有名なところでは、福島正則、加藤清正ですね。
この2名は、豊臣家恩顧の大名ですが、関ヶ原の戦いでは東軍についています。
しかし、戦後、豊臣家の領地を削減したことにより徳川家康の天下への野望を目の当たりにします。
加藤清正が堅固な熊本城を作ったのも豊臣秀頼にもしもの時に熊本城で籠城戦をやるために築城したとも言われています。
また、福島正則は、大阪の陣の際には、江戸で監禁されています。その後、福島家は、広島城の改修が元でとりつぶしになっています。
ちなみに、淀の方の心中は、わかりませんがたぶん後悔しているのではないかと思います。

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ベストアンサー以外の回答

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秀吉恩顧の大名はほぼでしょう

家康に進んで媚を売った、黒田、藤堂。山内みたいのは別として

淀は東軍の味方でもないでしょ

mas********さん

2018/12/1410:05:54

豊臣家の為を思って家康を選んだ武将、特に加藤清正、浅野幸長、池田輝政、福島正則の4人は。

む~んさん

2018/12/1501:10:35

恐らく加藤清正も福島正則も後悔はしていないと思いますね。
というか後悔している武将はいなかったでしょう。
彼らは徳川の天下になることを分かって彼らは東軍に付いたわけですから。

最初から徳川体制のもとで豊臣家を存続させるプランだったと、伺えさせるエピソードが複数あります。(家康に反抗心を出す秀頼・淀殿の説得を続けてることや、二条城での清正らの振舞いから考えるに)

dan********さん

2018/12/1513:53:05

三好家が織田家に従属しその織田家が豊臣家の臣下になった時代です。
多くの武将に後悔は無いでしょう。

また加藤清正などは生存時には豊臣家はまだあり
徳川家とも縁を結び二条城の会見を行い良い関係でしたので
後悔どころか満足していたのではないでしょうか。

福島正則は平和な時代になったことで自分を「弓」と例え
しまわれることは「仕方がない」と言ったとする逸話があり
これが事実だとすればむしろ清々しく世の中を見ています。

img********さん

2018/12/1711:33:21

>関ヶ原の戦いで東軍について後悔した武将は多いですか?

いません

西軍だった武将(大名として存続)にもいません

正則も冬の陣頃に自身は参陣できないが息子を参陣させていますし、息子につけた家臣に「(徳川家へ)武功の御奉公が出来ないから息子を頼む」と言った内容の書状を書いています

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