パリ暴動や、香港雨傘運動、韓国ろうそく集会などは、非常に大きい不満があって、多くの人が詰めかけた社会運動として、報道すべきものです。

パリ暴動や、香港雨傘運動、韓国ろうそく集会などは、非常に大きい不満があって、多くの人が詰めかけた社会運動として、報道すべきものです。 しかし、辺野古の基地建設反対運動や、韓国の強制徴用労働者支援集会などは、人数が極めて限定的で、社会運動とは言えない規模です。 政府発表や判決は報道すべきですが、あまりにも小さい運動は社会運動として報道すべきか、大変疑問です。 少数者を無視しろ、とは言いませんが、あたかも大きな社会運動が起きているかのような報道をするのはなぜだと思いますか? 個人的には、メディアが受動的な仕事しかできないほど無能になっていて、主体的な取材が出来ていないからだと思っています。 運動団体や政府などの取材対象から、「発表するよー」「記者会見するよー」「集会するよー」と取材依頼の連絡を受けてから取材に行くようにしかしていないのだと思います。 それ以外に何か考えられる理由がありますか? 思うところを聞かせてください。

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北朝鮮や中国共産党の関わってる運動なので、マスコミもそっち系ですから肩を持ちますね。