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イエスの弟で後継者であったヤコブが「敵」と呼ばれる「ある人物」と神殿内で激し...

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ID非公開さん

2018/12/1701:16:52

イエスの弟で後継者であったヤコブが「敵」と呼ばれる「ある人物」と神殿内で激しい口論の末、その「敵」がヤコブを神殿の階段の下へ突き飛ばしたことが記録されている。ヤコブは死ななかったが

、ひどい怪我をしたので、支持者たちがたちまち飛んできて、彼を安全な場所へ運んだ。この「敵」がタルソスのサウルにほかならないことが後に明らかになる。また、この文書では新約聖書の「ペトロの手紙Ⅱ」でペトロが書いている「偽預言者」をパウロとしている。

パウロ大丈夫か?

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h0q********さん

2018/12/1702:34:36

ルカの書いていること(使徒言行録)をそのまま受け取ると、確かに
「パウロはヤコブの部下」のように感じられます。しかし、当の
パウロ自身の記述(たとえば、ガラテヤの信徒への手紙)を見ますと
ルカの記述をそのまま信用することはできないと思われます。

ガラテヤの信徒への手紙において、パウロは、自分が
エルサレムの支配の下に無いことを繰り返し繰り返し強調しています。

わたしが使徒となったのは、人間から出たことでなく、
また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、
キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです。
(1:1)
兄弟たちよ。私はあなたがたに知らせましょう。私が宣べ伝えた
福音は、人間によるものではありません。私はそれを人間から
受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただ
イエス・キリストの啓示によって受けたのです。
(1:11〜12)
生まれたときから私を選び分け、恵をもって召して下さった方が、
異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに
啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、
先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、
アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。それから三年後に、
私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間
滞在しました。しかし、主の兄弟ヤコブは別として、他のだれにも
会いませんでした。わたしがあなたがたに書いていることには、
神の御前で申しますが、偽りはありません。
(1:15〜20)

パウロによれば、イエス・キリストの啓示を受けてすぐ、彼は
アラビアに出ていった、と言っています。そこで何をしたか、
彼は何も書いていませんが、それは、ここでパウロが言いたいのは、
何をしたかではなく、何をしなかったか、だからでしょう。
すなわち、かれは、エルサレムの使徒たちの命令に
従っているのではない(エルサレムの教会が
神の権威の代表なのではない)、ということを
ガラテヤの信徒に向かって一生懸命強調しているわけです。
たとえば、パウロによれば、彼の福音は「人間
(エルサレムの使徒たち)から受けなかった」のであり、
「イエス・キリストの啓示によって受けた」のでした。また、
啓示を受けてすぐ、彼は「人には相談せず、先輩の使徒たちに
会うためにエルサレムにも上らず」、アラビヤに行ったのでした。
アラビヤから帰って行ったところも、使徒たちのいる
エルサレムではなく、ダマスコであり、しかも、ケパ(ペテロ)を
訪ねるためにエルサレムに上ることになるのは、それから3年も
後のことです。そして、ケパ(ペテロ)のところに滞在した
といっても、わずか15日間で、それも、その間、イエスの弟ヤコブは
例外として、「他の(使徒の)だれにも会いませんでした」と
強調しています。そして、そのことについて、
「わたしがあなたがたに書いていることには、神の御前で申しますが、
偽りはありません」と、わざわざ念を押しています。
ようするに、パウロは、彼(福音)とエルサレムの使徒たちとは
ほとんど何の関係もないことを弁明しているわけです。
そして、この次にパウロがエルサレムに上るのは、このときから実に
14年も後のことです。あの「使徒会議」です。

それから十四年たって、私はバルナバといっしょに、テトスも連れて、
再びエルサレムに上りました。それは啓示によって上ったのです。
(2:1〜2)

ここでも、パウロは、エルサレムに上ることになったのは、
エルサレムの使徒たちの命令によってではなく、
「啓示によって上った」とわざわざ念を押しています。
問題となっていたのは、よく知られている通り、非ユダヤ人の信者も
律法(特に割礼)を守るべきか、というものです。

異邦人の間で私の宣べている福音を、(エルサレム教会の)人々の前に
示し、おもだった人たち(イエスの弟ヤコブ、そしてペテロやヨハネ)
には個人的にそうしました。それは、私が力を尽くして今
走っていること、またすでに走ったことが、
無駄にならないためでした。(2:2)

結果は、パウロにとって成功だったようです。

わたしたちは、片時も[異邦人の信者も律法を守るべきだと
主張する者たち]に屈服して譲歩するようなことはしませんでした。
おもだった人たちからも強制されませんでした --- この人たちが
そもそもどんな人であったにせよ、それは、わたしには
どうでもよいことです。神は人を分け隔てなさいません。--- 実際、
そのおもだった人たちは、わたしにどんな義務も負わせませんでした。
・・・また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、
ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、
わたしとバルバナに一致のしるしとして右手を差し出しました。
それで、わたしたちは、異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに
行くことになったのです。ただ、わたしたちが貧しい人たちのことを
忘れないようにとのことでしたが、これは、ちょうどわたしも
心がけてきた点です。(2:5〜10)

一つも譲歩しなかった、「ただ、わたしたちが貧しい人たちのことを
忘れないようにとのことでした」、というのがパウロの記述です。

ところが、このエルサレム会議に関するもう一つの記述、すなわち
ルカの「使徒言行録」をみますと、一種の妥協案が決議されています。
割礼はしなくてもよいが「偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した
動物の肉と、淫らな行為とをさけること」は守らねばならない、という
妥協案が「満場一致」で決定されたことになっています。(使徒15)

パウロの手紙は正に当事者の記録ですが、ルカの記録は30年ないし
50年ちかくも後に書かれた歴史書であり、資料としては、
パウロの手紙に比べると、二次的なものと
考えなければならないでしょう。そう言えば、ルカの記録
(使徒言行録)に登場するパウロの語る言葉は、パウロの手紙の
中にあるものと比べると、これが同じ人の考えかと思うほど
つまらないものです。色々な事件そのものは資料によるのでしょうが、
細かいところはルカの創作なのではないかと疑いたくなります。
少なくとも、パウロ自身の手紙から推測すると、
ルカが想像させるような「パウロはヤコブの部下」
ではなかったように思われます。

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質問した人からのコメント

2018/12/17 06:12:06

パウロは
ヤコブやペテロに歯向かう
扱いずらい人だったのでは?

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

chi********さん

2018/12/1701:46:20

> この文書では

「この文書」とは何か。原文からするに偽クレメンス文書(『ヤコブの昇進』だっけ)のようだが、

> また、この文書では新約聖書の「ペトロの手紙Ⅱ」でペトロが書いている「偽預言者」をパウロとしている

そもそも、ペトロの手紙 II が 2 世紀半ば〜後半のものだから、君はそれ以降に書かれたものを出してきたわけだ。

君は「ナザレのイエスに会ったこともないパウロ」は否定するが、「パウロより 100 年以上後に書かれた、誰が書いたかも不明な文書」のことは信じるわけだ。

まったく意味がわからん。

---

ついでに、こちらが締め切られていたのだが、
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q112005462...

> 「柱と目される主だった人たち」と遠まわしにばかにし(ガラテヤ12・9)

馬鹿にしている表現とは読み取れない。

そもそもガラテヤ書に 12 章などない。原文からして 2:9 の間違いのようだが、それを自分の目で確認することもないままコピペした者が、果たしてこういう内容を理解できるのかどうか、資質を疑う。

> 「この人たちがそもそもどんな人であったにせよ、私にはどうでもよいことです」(ガラテヤ2・6)とまで軽蔑している

軽蔑している表現とは読み取れない。

ここでパウロが言ってるのは、「神が選んだ者」の内実を、人がどうこう言うことはできないということ。だから、その文章の直後に「神は人の顔色を伺うことはない」と書いてある(新共同訳、新改訳は「神は人を分け隔てしない」とだいぶ意訳)。

人が重んじようと軽んじようと、「神が選んだ者」であることに変わりはない。なればこそ、「人に軽んじられる者」である自分もまた「神が選んだ者」に変わりない、まして「人に重んじられる」彼らでさえ、私に手を差し伸べてくれたのだ……とパウロは言いたいわけでしょ。


実際に生きている隣人でさえ、その内実を窺い知るのは難しい。まして、こんな僅かな書簡を通して、パウロの人となりを知ることなどできるはずがない。

「何が書かれているのか」を真摯に読み取ろうとせず、実情を知ろうともせず、憶測で罪を作り、悪意で他人を裁き、そのことに疑問を持つこともしない者に、「誰それをどう思う?」などと語る資格はない。

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