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真の悟りとは、一つ迷い、晴れたと思えば、また迷いが生まれる。 その繰り返しの...

iar********さん

2019/1/110:05:17

真の悟りとは、一つ迷い、晴れたと思えば、また迷いが生まれる。
その繰り返しの先にあるものですか?

補足個人的には、自分を自分とせずに、他人と公平に扱う。
第三者の目で見て、考えてる事だと思うのですが。
自分が何かするにも、理由があるように、他人も何かするにはそれなりの理由がある。

人は自分には当たり前に思う事。
あいつは好きであいつは嫌いということがあるのを忘れて、あいつはなぜか俺を嫌うから、嫌な奴だと否定する。

第三者から見れば、どっちもどっちである。

という素朴な概念が、悟り。

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hou********さん

2019/1/115:06:24

迷いのときは我が強く法が弱いし、悟りのときは我が弱く法が強いのです。悟りはナマモノですから、悟りを開いたらずっと同じ心境でいられるわけではなく、迷っているときもあって当然です。

迷いとか悟りというものを自分の都合で判断し、迷いを捨てて悟りを得ようとしても悟りは得られないどころか、ますます乖離してしまいます。悟りを得ようと思うなら、仏法に従って修行すればよいのです。迷いが仏法に転じられていくことで悟りが現れます。

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2019/1/7 21:14:47

そうかもしれませんね。ありがとうございます。

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zbx********さん

2019/1/221:59:07

釈迦は菩提樹の下で
「私の教えを理解出来る人間などいないだろう」と思ったそうです。
実際誰も理解出来ていないのだと思います。

「諸行無常 諸法無我」

皆わかってるつもりでも、皆心の何処かで絶対的な安楽の境地や恒久的な幸福があることを願っているのです。
だから人は皆「悟り」や「解脱」を求めるのです。
また、ある人は「悟りを開いた」という幻想の中で生きるのです。
そんな彼らに釈迦の言葉は届いてはいないのです。

釈迦はただ
「現実を見つめろ」
と言っているのだと私は思います。

sai********さん

2019/1/117:04:29

その人の悟りの深さによるでしょう。

真に悟れば迷いはなくなるでしょう。

しかし悟っても心境はさらに深まってはいくでしょう。

man********さん

2019/1/113:34:12

全く違います。
仏陀も悟った後でも持病で入滅前まで背中に痛みを感じていました。

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inn********さん

2019/1/112:51:35

一つ迷い悟り次の迷いが生じ悟りレベル規模も拡大ですから永遠のテーマです
仏陀は何を具体的に悟たっか?
経典は後の者、悟れない者が書き残した物、覚りの意味が解るはずがない

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zen********さん

2019/1/111:38:58

悟りは真理を実際に体験することで一気に開けます。
禅ではこの真理の体験のことを見性体験と言います。

詳しくはこちらをご参照下さい。
http://zen468.blog.fc2.com/blog-entry-41.html

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