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例えば、日本人であれば、日本語という文化を学び、身に付けていくなかではじめて...

pho********さん

2019/1/2101:04:03

例えば、日本人であれば、日本語という文化を学び、身に付けていくなかではじめて物事を考えたり、判断したりできるようになります。日本の習慣のなかで常識を身に付け、感性も磨きます。

しかし、リベラリズムは、文化や伝統の意義を認識しません。人間の自由は、グローバル市場のような合理的な制度やその下での合理的な社会でこそ、実現されると捉えてしまいます。そこでは、文化や伝統は、個人の選択の自由を制約してしまうものであり、改革すべきものだと認識されます。

デニーンは、このように、リベラリズム全盛の先進国の社会では、基本的に、各地の文化や伝統は軽視され、あるいは敵視され、普遍的で合理的だと思われるグローバルな政治や経済の秩序が目指されることとなる。その結果、時間や場所の感覚がリベラリズムでは失われてしまう。このように述べるのです。

これでは、災害対策など行われません。ではどうすればよいでしょうか。どうすれば、将来世代の生活の安寧に思いを馳せたり、特定の場所に強く愛着を抱いたりすることの大切さを実感できるようになるのでしょうか。

『クライテリオン』本誌のほうでは紙幅の都合で書かなかったのですが、私は、一案として、日本古来の「恩」の観念に着目し、この理念の意義をあらためて捉えなおしてみるのはどうかと思っています。リベラリズムに対する「解毒剤」を作るきっかけにできないかと考えています。

「恩」は、日本の道徳の重要な構成要素の一つです。米国の文化人類学者ルース・ベネディクトが『菊と刀』のなかで、「恩」は日本の道徳の中心的理念だと指摘したことはよく知られています。

主に戦前に活躍した哲学者・川合貞一(慶應義塾大学名誉得教授)も、『恩の思想』(東京堂、1943年)のなかで日本の道徳体系における「恩」の重要性を指摘しています。川合は、若いころはドイツの哲学や心理学を学び、その後、時代状況もあってか日本人の思想や哲学を明らかにする作業も行っています。

川合によれば、とりわけ「恩」を感じるという意味での「感恩」の心の強調こそ、日本の道徳の特徴です。「恩」は中国の儒教にも、あるいは欧米の道徳にもみられない独自色の強い日本的価値の一つだと説明します。

中国の儒教の中心的理念は「仁」であり、四書などの文献には「恩」はあまり登場しません。特に、「感恩」はほとんどみられないとのことです。

また、個人主義的傾向の強い欧米の道徳には、「恩」の理念はなじみにくいと川合は下記のように論じます。

「…個人主義では、個人というものを以てほかに何ら俟つことなく、自ら創造するところの自主独立なものとみるのである。即ち、個人というものは、それ自ら完成しているものとみる」(『恩の思想』、39頁)。

そうであるゆえ、

「個人はいずれも社会に対し、他人に対して、何も別に負うているところとてない訳である。言い換えると、何人も社会に対し他人に対して恩を受けているという訳はないのである。そういう個人主義の考え方からすると感恩の感じなどというものの起こり得るはずはないのである。従って報恩の行為などというものの起こってくるということは全くあり得るものではないのである」(40頁)。

川合は、このように述べ、個人主義の強い欧米の道徳には、「感恩」、あるいはそれを前提になされる「報恩」の行為はなじみにくいものだと捉えます。

なお、興味深いことなのですが、環境倫理や世代間倫理といった文脈で、現代の欧米の倫理学者が日本の「恩」に着目することは少なくありません(例えば、K・S・シュレーダー=フレチェット/京都生命倫理研究会訳『環境の倫理(上)』晃洋書房、1993年、126頁)。

このことは、欧米の文脈では、「恩」の理念が一般的ではなく馴染みにくいものであると同時に、過去や将来の世代との相互依存の網の目のなかに人間が存在し、その関係性のなかで道徳を論じることの意義を欧米の人々も少なくとも知的レベルでは認めうることを示唆しているといえるでしょう。

「恩」の理念は、現代の日本人にとっても日常的なものです。「おかげさま」「お世話になっています」といった相互依存を前提とする言葉は日頃よく使われます。

若い野球選手がプロ野球チームに入団する記者会見で、お世話になった方々に恩返しをしたいなどと語る光景は現在でも普通です。

例えば、一昨年、日本ハム・ファイターズに入団することが決まった際に、清宮幸太郎選手(当時・早稲田実業所属)も、球団との入団交渉後の記者会見の席で「これだけ期待されて入るからには、一年目から結果を出して恩返ししたい」(『朝日新聞』(北海道本社版)、2017年11月17日付朝刊)と語っていました。

国文学者の上野誠氏(奈良大学教授)は、著書のなかで、日本社会では、キリスト教の「原罪」ならぬ「原恩主義」の道徳が伝統的だと述べています。つまり、生きとし生けるものはすべて

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