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江戸時代の皇室はどのような生活だったのでしょうか? 右大臣や左大臣はいません...

kob********さん

2008/10/2812:57:24

江戸時代の皇室はどのような生活だったのでしょうか?
右大臣や左大臣はいませんよね?
生活費はどうしていたのでしょうか?
仕事はしていたのでしょうか?
天皇とか皇太子とか、呼び名は今と同じでしょうか?

何親等までを皇室と呼んだのでしょうか?
その他ご存知の事があれば教えてください。
よろしくお願いいたします。

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1

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ベストアンサーに選ばれた回答

eos********さん

編集あり2008/10/2814:36:11

江戸時代の朝廷の収入は山城国(京都府)の一部が「禁裏御料」と定められ、わずか3万石です。これじゃ、運営できませんから出費の多い祭儀などは幕府からの援助でまかなってます。皇室自体はあまり贅沢な生活はできません。

右大臣、左大臣どころか太政大臣、摂政、関白、大納言、中納言...ほとんどいます。
仕事は毎日ではありませんが、ちゃんとしてました。宮中の儀式などは彼らがいないとどうにもできませんので。

生活はどの公家も苦しいです。最上位の近衛家でも所領は3000石に届きませんから、旗本並み。しかも奉公人も養わねばなりませんので、かなり質素な生活だと思います。
下級公家は何十石という収入ですから、火の車です。
そこで家の格式や学問、芸道(書道、華道などの「お家芸」)をちらつかせて大名などと交遊し、副収入を得ています。大名は公家の高雅さとか、芸道、インテリジェンスにとてもあこがれていました。今でも近衛さんとかが詠んだ和歌の掛け軸などが大名家にたくさん残ってます。直筆ですから大名は珍重しましたし、相当謝礼を渡してるはずです。

天皇、皇太子は正式名称ですから今と同じです。口語では「お上」「主上」などと呼ばれ、一般の民衆は「天子様」とも呼んでました。皇太子は「東宮(春宮)」(読みは「とうぐう」または「はるのみや」)(様)などと呼ばれていたと思います。

皇室は何親等かではなくて構成員ですね。詳しくはお調べください(もう、疲れたw)。

質問した人からのコメント

2008/10/28 23:43:01

感謝 疲れるまで書き込んで頂きありがとうございました。

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