ここから本文です

江戸時代の中期、小判の金の含有率を落として大量発行したらインフレになった歴史...

jan********さん

2019/2/315:51:36

江戸時代の中期、小判の金の含有率を落として大量発行したらインフレになった歴史があると聞きましたが、何故 インフレになったのでしょうか?

経済に疎くてよく分かりません。

閲覧数:
42
回答数:
4

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

dai********さん

2019/2/416:36:47

元禄8年(1695年)の元禄の改鋳と、元文元年(1736年)の元文の改鋳のことですか。

元禄の改鋳は100枚の流通している慶長小判100枚を回収して混ぜ物をして品位を2/3に落とし、150枚の元禄小判を流通させれば幕府は50両もうかり、市場では通貨量が1.5倍になり、含有金量が2/3になったから50%のインフレというわけですか。

計算上は名目通貨量が1.5倍になりますが、実際には商人らは良質の旧金銀を退蔵して実質の流通量は左程増えませんでした。でも物価は1.5倍になりました。

当時は朝鮮や中国との貿易が盛んで、中国人や朝鮮人は日本の銀貨を精錬して純銀製の銀錠として決済の代金として受け取りました。
だから、商人にとって貨幣の金銀含有量は大変重要で、含まれる銀の量が半分になれば同じ商品でも2倍の額の銀貨を要求することになります。

江戸時代の通貨というとみんな小判の話をしますが、実際に商人らが主に取引に使ったのは小判ではなく丁銀です。

幕府には(経済的)信用力はありません。銀1貫の信用手形を発行します。その信用とはその銀1貫の信用手形を持参した人には、発行した商人が丁銀1貫と確かに交換出来る財力があって信用と言います。商人らから多額の借金をし踏み倒したような幕府や大名らに信用はありません。

「貨幣は国家が造るもの、たとえ瓦礫であっても行うべし」
荻原重秀の言葉の様には権力で通貨に信用を与えることは出来ませんでした。当時のイギリスやフランス、スペインなど列強でさえ金貨銀貨の実質含有金銀量でしか貨幣に価値を付与することは出来ませんでした。

1930年代になり漸く世界は金本位制を離脱します。

  • 質問者

    jan********さん

    2019/2/417:30:12

    分りやすく大変、参考になりました
    ありがとうございます

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2019/2/6 17:17:50

経済通のみなさん ありがとうございました

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ero********さん

2019/2/317:44:27

金は有限ですから、含有率を下げるとたくさん小判を作ることができます。

実際たくさん小判を作って市場に流通させちゃったんでしょうね。

物の量が増えないのにお金が増えたら、お金の価値が下落して物の値段が上がりますよね。

江戸幕府も幕府の信用力だけで貨幣価値を維持できるほどの力はなかったんですね。

ext********さん

2019/2/316:48:22

似た質問があり、
私が回答していますので、参考にしてください。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q122028863...

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ken********さん

2019/2/315:53:38

等価交換です。
コメを売っている人がいて、金が100%で構成されてるおカネ一枚と交換していました。
そこに、おカネの金含有率を50パーセントに下げろと言う命令がありました。
お米を売る商人は、二枚のおカネを要求しますよね?
わかりますか?笑笑

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる