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昔昔、太陽の屋敷、加藤、高木はスポーツカートリオと呼ばれていたそうですね。 ...

taigar daisukiさん

2019/2/720:09:58

昔昔、太陽の屋敷、加藤、高木はスポーツカートリオと呼ばれていたそうですね。

どんなところがスポーツカーに似ていたのでしょう?
教えてください。よろしくお願いいたします。

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kob********さん

2019/2/817:04:43

大洋ホエールズの1・2・3番を打っていて
3人とも足が速く盗塁しまくったから
スーパーカートリオ

ピークの1985年は
3人で148盗塁と圧倒的な盗塁数だった


高木豊は毎年3割近い打率を記録する巧打者
加藤博一はある程度の小技が出来る上に
バットを短く持ち振りかぶって構え
簡単に手を出さず粘るタイプ
そして塁に出してしまうと積極的に盗塁を狙うという
この二人はピッチャーや相手チームが嫌がるようなバッター
・・・・だったが
一番盗塁が多かった屋敷要は単に足は速いだけ
選球眼が悪いため三振が多く四球が少ない
淡泊で強引に長打狙いするから凡打が多いバッター

この当時は大洋ホエールズの大ファンだったけど
屋敷だけは見ていてフラストレーションがたまった

質問した人からのコメント

2019/2/12 14:07:33

みなさま、よくわかりました。クリーナップトリオで駿足とは驚きです。
ありがとうございます。

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ken********さん

2019/2/808:43:57

太陽ではなく大洋(漁業)です。

当時のマンガ雑誌に影響を受けただけで、中でも加藤は無理やり入れられた数合わせですw
阪神のF1セブンと同じで、安っぽい広告です。

屋敷・高木は俊足攻守でよかったですよ。
国産のスポーツカーですけどww

kyy********さん

2019/2/801:21:04

太陽ではなくて横浜大洋、スポーツカーではなくてスーパーカーです。
70年代にフェラーリ512BBや、ランボルギーニ・カウンタックなど超高速のスポーツカーをスーパーカーと呼んでブームになりました。
これにひっかけて、当時川崎からグランドの(当時では)広い横浜に移転した大洋が、それまでの大味な野球から機動力野球への転換を目指し、俊足選手3人のトリオをスーパーカートリオと呼んだのです。

sag********さん

2019/2/722:38:16

スポーツカートリオではなく、スーパーカートリオです。

当時の近藤貞雄監督が、駿足だった屋鋪要・加藤博一・高木豊の3名の選手をまとめて名付けた言葉です。
「3・4・5番打者だった」と言っている方がいますが、4番と5番で出場したことはほとんどないです(屋鋪と高木は3番打者の経験はあります)。
この3名とも、走力で相手チームを引っ掻き回せる能力が必要な1・2・3番打者だからこそ生まれた言葉です。

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tom1991さん

2019/2/721:52:02

それをいうなら「スーパーカートリオ」ですね。
近藤貞雄監督時代にそう呼ばれていました。足の
ある好打者でしたね。3人とも地味な大洋の選手
では個性的なタレント性のある方で、個人的に加
藤博一さんは印象的な選手でしたが、ガンで50
代という若さで亡くなってしまったのが残念です・・・

そうまさん

2019/2/720:47:50

その当時、スポーツカーブームがあったんですよ。

テレビでもスポーツカーの競争とかやっていました。

その3人は駿足で、監督の近藤貞が暗かった大洋に日を当てるために、売り出しました。

ただ単に足が速かったのと、スポーツカーの速さをかけただけです。

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