オウム真理教は全体主義だったのでしょうか?
オウム真理教は全体主義だったのでしょうか? ハンナ・アーレントの”全体主義の起源”を踏まえた上で質問です。 全体主義がアトム化された大衆やイデオロギーの結晶核などを材料とした自律的なモーター運動に類するものであるならば、オウム真理教はその形態と顛末において示されたように、まさしく全体主義的運動であったと考えられると思います。 しかし、アーレントが示した全体主義の成立要件の中には、テロルを維持するための人口や資源の量的蓄積が必要とされていますが、これはオウムの組織規模からすると当たっていません。比較的小規模の集団が全体主義を開始し得るということは、おそらく想定の範囲外だったのではないかと思います。 オウムが全体主義化したことには、アーレントが見落とした要因があったのでしょうか? それとも、オウムは全体主義とは異なる性質の運動だったのでしょうか?
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ベストアンサー
オウムは社会の一部分を占める集団に過ぎず、「全体」ではなかったということだけでは? (形容矛盾ですが)部分的な全体主義はいつの時代にも存在します。つまりある理念の下に統率される団体は常にあるということです。それが(その統率され具合に程度の差はあるのでしょうが)宗教団体というものでしょう。「オウムが全体主義化した」というのは変で、当然はじめからオウムは全体主義のはずです。 全体主義がそれとして問題になるのは、「(社会)全体」が上述のような宗教的な状態になるからです。つまり社会に思想や理念や思考の対立が全くない状態です。
質問者からのお礼コメント
部分的な全体主義というのがとてもしっくり来る説明でした。 ありがとうございます。
お礼日時:2019/2/11 11:15