継体天皇について

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

助かりました 他に回答して下さった方の回答も大変興味深い内容でした ありがとうございます

お礼日時:2019/3/7 13:44

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①「継体天皇即位十六年」の干支、「壬寅」が522年で合っていますのでOKではないでしょうか。 ②銘文中の「癸未年」が503年で、「斯麻が百済武寧王」と言う事で、送り主だとすると、贈られたのが「男弟王」なのですが、「日本書紀」では、503年に継体は、まだ即位していませんし、「男弟王」が「継体の即位前の諱のヲオト」だとは言い切れません。 余談ですが、「斯麻と継体」も血統的には近い関係なのでしょうが、「斯麻と男弟王」はもっと近親的な関係の人物二人ではないかと思います。

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金村が連れてきましたが、他の豪族の反対が強くて、奈良盆地に入ることもままならず、河内に宮を構えます。天皇として即位するまで20年くらいかかっています。 その間、皇位は、継体天皇にあると学会では認めていますが、天皇としての政治力はなく、金村の独壇場、好き勝手放題です。金村が任那の割譲も勝手に決めてしまっています。