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昨年秋頃、何回か知恵袋で質問してご回答いただいた者です。 その節はありがとう...

jun********さん

2019/3/221:55:56

昨年秋頃、何回か知恵袋で質問してご回答いただいた者です。
その節はありがとうございました。改めて長文にて失礼いたします。

ご回答をいただいたことを実践しながら半年ちかくが経過し、またよろしければ質問をお願い致します。

まず質問の経緯についてですが、結婚10年にしてポジティブで裏表のない夫をとおして、幼少から抱える私の心の問題が大きく露呈しはじめ(imoさんのご回答によって後に理解するに、夫によって映し出される私の心のエゴ活動が活発化)、そんな心の不安を知恵袋で相談しました。
そこでimoさんから、エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」をご紹介いただきました。
早速読んだところ、私が特に小学生から高校生くらいまでに幾度となく体験した「鏡のなかの自分がない」その体験は、当著書のなかの「まったき意識」ではないかと、半信半疑ながら改めて知恵袋で質問しましたところ、再度imoさんからご回答をいただきました。
そのご回答と当著書を読み進めるうち、それは「大いなる存在」の一部でもあり全部でもある「本当の自分」そのものの意識(さとりの初期段階)である、と確信しました。
整理と理解をしたつもりで、当著書を主軸にペインボディの観察、ヴィパッサナー瞑想、思考を止める、など現在も自分なりに自分のペースで実践しておりますが、成人して現在に至りあの「意識」はありません。

途中経過としまして、生来の落ち着きのなさからか思考を止めることは苦労しておりますが気楽にやっております。
その点、ヴィパッサナー瞑想は、感情の起伏がおきた際、思考から意識への変換がうまくいくようになり、日常生活において心の波を鎮める効果は大きく感じています。

問題は頑固なペインボディです。当著書を読み、まさに思考の虜、ペインボディだと知りました。(真夜中にザワザワと胸の中心に集まり、膨張拡大をはじめ、それが爆発したら、死ぬ。)というものです。このような問題はかれこれ20年くらい抱えております。大きいもの小さいもの含め年に数回あるのですが、もちろん死ぬこともなく朝になりますので、経験によってその状態になった際には(身体を小さくまるめ、寝る…朝になれば大丈夫を…を繰り返し唱える)ような適切ではないやり方でした。
当著書にそって、静かに観察を続け、複数回行った結果そのザワザワの塊自体が小さく劇的な効果を感じています。
ペインボディの消滅まであともう少しでは?と推測しているのですが、どうしても囚われが消えません。自分自身の感情への迷いは消えず、先日も質問して多く方のご回答によりヒントもいただきました。
おそらく、「存在」への凄まじく強い執着ではないかと気が付いておりますが、いかがでしょうか。

あの無色透明な意識の一端を得て、現実社会と相対しながら歪ながらも自然に生きられていたあの感覚…それが戻れば至極簡単なことなのにと。子供の頃にまったく理解なく「自分はずし」ごっこのように、理屈ではないことは体験でわかっているのですが。
すみません、少し疲れも感じており愚痴のような質問になっております。

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ベストアンサーに選ばれた回答

imo********さん

2019/3/300:00:33

お元気ですか。がんばっておられますね。もう少しだと思いますよ。

悟りの最初の段階である預流果(よるか)では、貪・瞋・痴(むさぼり、怒り、無知)のうち、痴だけがはずれるのです。これはアイデンティティーが「本当の自分」に転換するためです。

しかし、貪・瞋は残っているのです。ということは、貪・瞋つまりペインボディが無くならければ悟りは開けない、ということではありません。

ヴィパッサナー瞑想の効用は、貪・瞋(ペインボディ)を消滅させることだけではありません。むしろ主眼は痴をはずすことにあるのです。

エックハルト・トールの「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」33頁10行目には、「思考を客観的にながめていると、その行為をしている、『本当の自分』の存在に気づきます」とあります。

これは、思考をながめているもの(観察しているもの)が、「本当の自分」だということです。

今までは、観察する対象であるペインボディにばかり注意があったと思いますが、これからは「観察しているもの」に注意を払ってみましょう。

私たちは、思考(あるいは思考が作り出したもの)を「自分」と勘違いして、これにアイデンティティーを抱いているのです。このアイデンティティーを「本当の自分」である「観察しているもの」に転換させることができれば、それが悟りです。

そのためには「観察する」立場をできる限り持続、継続させ、癖を付けるのです。すると、ある時、アイデンティティーの転換が起きるのです。

そのとき、「自分」は時間も形もない存在であることを知るのです。

それがいつかはわかりません。しかし、何らかの前兆があるかもしれません。私は、夢の中の地震で体が沈み、慌てて飛び起きたことが2度ありました。

これは誰でも遅かれ早かれできることです。なぜなら、これが人間の本来的在り方だからです。必ずできます。焦らずに頑張りましょう。少しは参考になるでしょうか。

  • 質問者

    jun********さん

    2019/3/316:23:32

    このたびも、ご回答ありがとうございます。
    ご自身の体験も教えていただき、とても有難く思います。

    「観察しているもの」に注意を払うことは、私にとって今とても重要なこととわかりました。
    貪・瞋にたいして、こだわりすぎでした。
    ぎっちぎちに固く考えすぎです。私のペインボディの完全消滅は無理なこと。楽になりました。

    焦ってはいけませんね。分かっていながらどんどん目的化してます。
    推薦いただいた他の書籍も、ゆっくり読んでおります。
    続ける力がわいてきました。
    本当にありがとうございます。 m(__)m


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質問した人からのコメント

2019/3/3 16:40:15

貴重なお時間をいただいてご回答投稿に感謝申し上げます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

human_beingさん

編集あり2019/3/312:51:27

ペインボディは本当に厄介です。

うまく入力できないので、続きは下に書きます

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