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江戸時代 処刑するのを見物するのは 娯楽だったと聞いたのですが 子供でも普通...

the********さん

2019/3/710:14:55

江戸時代
処刑するのを見物するのは
娯楽だったと聞いたのですが
子供でも普通にみるようなものだったのですか?
また、晒されてる首の周りには
警備みたいな人がいたのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

cha********さん

2019/3/712:01:48

今でも北朝鮮では公開処刑が行なわれていると聞きます。
そこには一般の人が見に来るそうですよ。
もっとも、金正恩の時代になってからは
単なる銃撃ではなく迫撃砲みたいなヤツでぶっぱなすらしく、
死体はバラバラになってしまうそうですが。

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mar********さん

2019/3/710:51:18

そうですよ。
子供でも見ることはできます。
非人が番人を務めていました。
明治時代初期までは斬首刑がありましたので、写真も残ってますよ。

eko********さん

2019/3/710:35:35

当時の処刑には大きく公開処刑と非公開処刑があります。
非公開処刑は牢獄の刑場で斬首されるもので、比較的軽い死刑です。処刑後に首だけ晒し場に晒す場合と、晒さない場合が刑の軽重により有ります。首や死体は、引き取り手がいなければ所定の死体捨場に埋められました。
公開処刑は重罪で、人目に晒すことが目的です。公開の死刑場で斬首または磔にされ、数日間晒されます。大塩平八郎のように死んでいても死体に刑が加えられて晒されることもよくありました。
首や死体を晒す場合、小屋掛けして刑の執行に従事する被差別民数人が交代で番に当たります。幕末の刑場写真にも写っています。
また、心中失敗者や破戒僧に対しても、縛り上げて町場で公衆の面前で数日間晒す刑が執行されましたが、この時も小屋掛して被差別民が番に当たります。

oka********さん

2019/3/710:18:48

そのようです。娯楽まではいかないでしょうが、子供に悪さをするとこうなるんだって教育にはなったでしょうね、今でもそうすべきかと思いますが。。。
晒し首の警護はいます。ですが、罪状や認知度や人としての地位によって警護の数や時間も違っていたようです。町人や盗人の類は警護もなく策の中に晒す感じだったようです。

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