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戦争中砂糖が手に入らなかったのなぜですか輸入に頼っていたからですか 日本で砂糖...

jgu********さん

2019/3/1201:26:06

戦争中砂糖が手に入らなかったのなぜですか輸入に頼っていたからですか 日本で砂糖を作る技術は戦時中なかったんですか

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hid********さん

2019/3/1201:47:57

明治時代に入り海禁政策は解かれ、
不平等条約の下で輸入砂糖が国内に流れ込み、
沖縄・奄美を除き、
零細な和糖業は相当なダメージを受け壊滅しました。

もともと、
一部の地域を除きさとうきびそのものの栽培に不向きである
日本ではコストも高く、品質も劣る国産の白砂糖は競争力がなく、
一部西洋型の製糖工場が建設されたものの、
結局、1900年前後には、国内の製糖業は消滅してしまいました。

一方、北海道では、当時の松方正義内相が、
ヨーロッパ視察で知った「てん菜糖」生産の試みが始まりました。
1880年代に製糖工場が建設されましたが、
てん菜そのものの凶作や経営面の失敗が重なり、
1890年代半ばには生産が中止されました。

日清戦争後、
台湾経済の中心として製糖業が位置付けられるとともに、
機械化された大工場による近代製糖業が確立され、
続いて国内にも精製糖の近代工場が建設、
我が国の砂糖の生産体制が整備されていくこととなりました。

しかし、太平洋戦争に突入すると、
台湾で生産された粗糖を国内に輸送することが困難となり、
国内の砂糖不足は深刻なものとなりました。
https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_000078.html
https://sugar.alic.go.jp/tisiki/ti_0206.htm

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zer********さん

2019/3/1211:16:14

国の2割に相当する人口が徴兵や労役にとられ、残った人口も軍需労役などに多くの時間を割くことを強要された結果軍需以外のあらゆる生産物が減少した

特に、食料自給率にあまり貢献しない砂糖や花樹などはぜいたく品として奨励されず、穀物などの生産に農家は力を入れさせられたり、民間の物流も縮小させられた結果入手が困難な品目が増えていった

なお砂糖の生産自体は南西諸島(さとうきび)や北海道(てんさい)でもともとの自給量はまかなえたため、戦前からほとんど行われていなかった。

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