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日蓮正宗(阿部・早瀨宗門)の人々に尋ねる。 日蓮正宗の貫主は信仰の対象だろう...

nik********さん

2019/3/1221:47:31

日蓮正宗(阿部・早瀨宗門)の人々に尋ねる。
日蓮正宗の貫主は信仰の対象だろうか?
創価学会の人々に尋ねる。
創価学会の名誉会長は信仰の対象だろうか?

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wak********さん

2019/3/1717:40:52

創価学会では日蓮が本仏であり信仰の対象です。池田名誉会長はあくまで指導者であり師匠といった位置づけです。

とは言え日蓮仏法のの捉え方、解釈、応用、展開において池田氏の指導を基本に置いていることは確かです。

学会員でも一種の「信心の勇み足」で池田氏に“合掌”する人はいるかも知れませんが、止(や)めるように注意されると思います。まして「御本仏様」などと呼ぶことは厳禁でしょう。学会の指導はあくまでも「拝むのは御本尊のみ」「御本仏は日蓮大聖人のみ」であり、何よりも当の池田氏ご本人がこのことを厳しく戒めておられます。
その点、大石寺の法主が信徒に、顕正会の会長が会員に「伏せ拝」を求めたりしているのとは全く違います。

これに関するエピソードが、北林芳典氏が書かれた「暁闇(ぎょうあん)」(発行:報恩社、発売:平安出版)に載っていますので、一部抜粋して紹介させて頂きます。参考にして頂けましたら幸いです。

「昭和46年4月、私は創価学会本部職員となった。新人職員の指導会が聖教新聞社の広間でおこなわれ、池田会長(当時)が出席された。
このとき、池田会長の指導を聞きながら題目をあげている者がいた。私はその人物の4、5人横にいたが、まったく聞こえなかった。池田会長からも口が動いているのが見えた程度であっただろう。
『私の話を聞きながら題目をあげるんじゃない。拝むのはご本尊様だけだ』
池田会長は厳しく叱った。
こののち、1名の者が御書の一節について指導を求めた。それは『法華行者逢難事』についてであった。
『竜樹・天親は共に千部の論師なり(中略)南無妙法蓮華経の五字と是をのこしたもう、(中略)今既に時来たれり四菩薩出現たまわんか日蓮此の事先ず之を知りぬ』
(中略)
質問者はこの御書を拝した後、池田会長に聞いた。
『現時、四菩薩は出現しているんでしょうか?』
それについて池田会長は、
『この御書は、日蓮大聖人が御在世におかれて、御本仏としての御確信を述べられたものです。上行菩薩、すなわち日蓮大聖人御方が、そのまま今の時代に出現されているというふうには拝すべきではない。ただし、広宣流布の途上において、上行菩薩の働きをする人、その他の菩薩の働きをそれぞれする人たちがいる、ということは言えるだろう。また、一人ひとりの人間の働きにおいても、折々にふれ四菩薩の働きがある。そのような人たちが大勢集まり、戦い、広宣流布をしていくのです』
池田会長の話を聞きながら題目をあげていた者は、真剣に聞く思いで題目をあげていたのであろうが、池田会長は寸毫たりとも誤解を生じさせぬために、厳しい叱責をされたものだと思う。さらに『法華行者逢難事』についての指導は、日蓮大聖人再誕論を明確に破したものであった。
この時、池田会長の指導を間近にした私は、その後宗門(日蓮正宗)内でささやかれ始める『創価学会の本義は会長本仏論』という説には、まったく根拠がないと明言できる。(後略)」



正宗の場合、貫主(法主)の内証は日蓮大聖人ですから「信仰の対象」と見ていることは確かでしょう。

1991年11月に学会に送付された「解散勧告書」のくだりでは、
「僧侶はこの本因下種の法衣を着するがゆえに身心ともに僧宝の一分に加わり」云々。
として、一般の僧侶までも“法衣を着ているから僧宝”としています。

また前貫主日顕氏は「学会が、時の法主を『尊信の対象ではない』などと貶(おとし)めることは、三宝一体の深義を指摘された日蓮大聖人、日興上人に背く大謗法と言うべき」(H.9.8教師講習会)
と、自分が「僧宝」であるのみならず、「仏宝」「法宝」と同等であるとし、91(H.3)年7月の学会への送付文書では「唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします(中略)この根本の二つ(=大御本尊と法主)」に対する信心は、絶対でなければなりません」としています。

さらに宗門の機関誌では、法華講幹部に、日顕のことを「現代における日蓮大聖人様」(「大日蓮」91.6)とも呼ばせています。

「その年の8月に行われた行学講習会では、『C作戦』に関与した日顕の側近、福田毅道(元海外部書記)から、現・法主が『本』で日蓮大聖人が『迹』に過ぎない、などと『顕本仏迹論』とも言うべき大暴論まで飛び出した。
さらに、97年(平成9年)8月の教師講習会では、日顕自ら“どんな僧侶でも相承を受けた以上は『生身の釈迦日蓮』であり誹謗すると地獄に堕ちる”などと大勢の坊主の前で言い放ったのである。」(「『民衆勝利の凱歌』第三文明社」より)

なお、第66世日達法主は、「代々の法主が日蓮大聖人ではない。大聖人そのものと書かれてよく問題が起きますが、その点ははっきりしてもらいたい。」(77(S.52)年5月寺族同心会)
と指南しています。




地べたに座り込み日顕氏に
“伏せ拝”する法華講員(TBSTVより)

創価学会では日蓮が本仏であり信仰の対象です。池田名誉会長はあくまで指導者であり師匠といった位置づけです。...

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mas********さん

2019/3/1623:20:38

日蓮正宗の信徒です。

違います。

本門戒壇の大御本尊です。

貴殿の所属(正信会)の偽本尊ではありません。

返信を取り消しますが
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c69********さん

2019/3/1514:59:41

愚問である。現在の日蓮正宗は日顕宗という邪教に変わっている。一方名誉会長は偉大な指導者であり信仰の対象ではない。

pb1********さん

2019/3/1307:13:57

つまらない質問ばかりするんですね

なるほど、自分が正しくて先生になって「正しい信仰とはこうだ」と教えようとしているのですか

それ、俗衆増上慢ですね


そうそう、この前、閻魔が大聖人と言ったのは間違いで閻魔は大日如来だそうです

閻魔と大日如来が同一人物なんだそうです

確かに最初の仏は大日如来で合っているそうです

そうなると大聖人の「久遠元初の仏」が嘘になってしまうんですけど

実際には「誰を対象に救う仏なのか」で最初の仏なんだそうです

大聖人は末法の時代の人を救う為の最初の仏だと言う事になります

それも久遠の昔に

だからたくさんの仏様が居ますが救う対象が違う為にそれぞれが「最初の仏」となるそうです

返信を取り消しますが
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des********さん

2019/3/1222:02:54

若「学会員にとって池田氏はただの師匠ですが、法華講員にとって法主は生き仏だと存じています」

返信を取り消しますが
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