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神も仏もないと思うような経験の中から、やはり神や仏のような何か「大きな存在」...

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ID非公開さん

2019/3/2022:17:28

神も仏もないと思うような経験の中から、やはり神や仏のような何か「大きな存在」がいると気づいた方、その貴重な経験をお聞かせいただけないでしょうか。

テレビなどでも時々特集されますが、そういうきれいにまとめられた話ではなくて、一般レベルでお話をお聞かせいただけたら、と願って質問しました。

私自身は、子どもの頃は家庭環境の影響でかなり信心深かったのですが、あまりにも辛い体験が何十年も重なった結果、ここ数年は神も仏もないという心境になってしまい、生きている意味も何もかも見いだせなくなり、救いようのない気持ちで日々生活しております。

なお、質問の趣旨と関係のないこと(科学を信じろとか、そんなものはいないとか)を持ち出す回答、ご経験のない方の回答はご遠慮下さい。

あくまで質問の趣旨は、神も仏もないという考え方から、神や仏のような大いなる存在を信じるに至った方の経験談をお聞かせいただきたいということです。

よろしくお願い致します。

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ベストアンサーに選ばれた回答

pb1********さん

2019/3/2022:41:38

私は元々、何も感じず、神や仏と言っても良く分かりませんでした

偏頭痛に悩まされていた一時期があり、病院に行っても原因が分からず苦しい時期がありました

何時ものように苦しんでいると「夜の勤行をしなさい」と頭の中で声が聞こえました

私が「誰ですか?」と念じて聞き返すと

「閻魔だよ」と返事が返ってきました

返事があまりにも突飛だったために時が止まる思いでした

とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったのかと思い込んでいましたが、頭痛は治らず苦しい毎日でした

どうしようもなくて夜の勤行をすることにしました

私は日蓮正宗の者ですが、その頃は信心は薄く、修行など熱心ではありませんでした

しばらく夜の勤行を行っていくうちに偏頭痛が無くなり、今は何ともありません

あの声が閻魔だったのかと言えば、確信はありません

霊は嘘を付くと言うか、純粋に「こう思う」だけで嘘と真実とは関係無いそうです

だからどんな存在が自分を「閻魔」だと思い込んでいるだけなのかもしれませんが

実際に偏頭痛の苦しみから逃れる事が出来たので、閻魔であったのか、そうではないのかは関係無く、救われる事が出来たので目に見えない存在が居るとしか言えないのが辛いことろです

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質問した人からのコメント

2019/3/27 16:29:30

みなさま、真摯にお答えいただいたことに感謝致します。BA大変迷いましたが、「閻魔」と名乗る存在に救われたお話が大変印象的でしたので、pb1*****様とさせていただきます。本当にありがとうございました。どのお話も大切にさせていただきます。m(__)m

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gfm********さん

2019/3/2023:43:26

質問者さんにこちらへのコピーをお願いされたので、ここに置いときます。


何の意味もなく生まれて、長くても100年ぽっちを過ごし、何の意味もなく死ぬ。「自分が・誰かが意味を生み出すんだ」と言われても、皆消えるから結局無意味じゃないかと考えてました。

“人生の意味とは何か“の問いに、「ある存在が目的を持って人間を創った」と答える宗教に少し興味が湧いて、色々探したら納得がいくのは一つだけでした。
常に“正しいのか”を問いかけながら、今でも続けられてることに自分でも驚いてます。

自分の中の科学的な考えでは、「人間が、自分より低次元のネット世界をゼロから創った」ように、「人間よりも高次元の存在が、自分より低次元のこの世界をゼロから創った」というのがしっくりきました。「この世が無条件で、ゼロから生まれた」とは思えませんから、人間が観測できない程の高次元の存在が創ったなら色々納得できます。

「永遠が存在しない世界」で意味を探すのも良し、「永遠が存在する世界」で意味を探すのも良しだと思います。
後悔の無い人生にする為に、その意味を探すのは無駄にはならないと思います。

必死で探した先に、心身共に納得できる答えがあれば幸いです。

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kok********さん

編集あり2019/3/2107:10:40

私は反対で子供の頃は宗教は未開人の妄想だと思っていました。

しかし思春期の頃から、現実社会に夢を全く感じなくなり、生きている意味を求めて、宗教やスピリチュアルを学びました。

心は荒んで、笑いも涙も出ない精神的不感症になっていたと思います。神がいるなら出てこい、と叫びました。

結構色々と学んだり、入ったりしましたが、なかなか納得できませんでした。

ある教団に入って、ある経典を読むとうっすらと暖かいものが肩に掛かるのがわかりました。

これがある人がいうところの神の光なのかな、と直感的に感じました。

ある日、その教団の施設で瞑想していると、命の躍動といいますか、生命の一体感を感じ、涙が止まらなくなりました。

反省と感謝を重ねるとその暖かいものを段々と強く感じるようになりました。

明らかに、思い込みとは違う、変化を感じたのです。

祈ると常に降りてくる暖かさ、これが神や仏の存在を実感させてくれます。

優しい人の心は暖かいですが、その光は全身が熱くなり、しばらく心身に残ります。

心は神仏に繋がっている。心を正し透明にすれば、その姿を現してくる。

それは様々な宗教でも言われていることです。

その確信は止みません。

但し、力のある宗教でなければ、そうした経験は難しいと思います。

様々に学びましたが、明るい方向でそれが感じられたのは、そこだけでした。

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