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日本での遺産相続で、長子相続が原則となったのは、歴史上兄弟での相続争いが、皇...

ooy********さん

2019/3/2113:38:42

日本での遺産相続で、長子相続が原則となったのは、歴史上兄弟での相続争いが、皇族や武家で相次いだからでしょうか。

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knz********さん

2019/3/2116:53:55

鎌倉時代までは女子も含めた分割相続(相続量は嫡子優先で、各子に格差あり)が基本でしたが、武士はこのため嫡子が相続すべき所領が次第に減少して、家の存続に影響するようになり、嫡子単独相続となりました。室町時代に入るとこれが基本となりましたが、嫡子決定において騒動が起こり、武力衝突に至ることもありました。嫡子は正妻所生の男子で長幼順が基本でしたが、男親が決定権を持っており、場合により順を飛ばしたり、庶子とすることもあり、これにより右一族間の騒動を生むことがありました。

徳川幕府を創立した徳川家康は2代将軍秀忠の後継者(嫡子)決定で、秀忠夫妻が次男の忠長を愛寵していたため、混乱が起きることを恐れて、正妻長男家光を後継者に決定して、以後、これが先例で正妻長男(正妻の男子がいない場合は、庶子長男)が嫡子であるとなり、武士はこれに倣うようになります。この慣例が、明治の民法で長男単独相続となります。

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nac********さん

2019/3/2117:39:37

子供の数だけ分割してたら、数代もしたら消えてなくなっちゃうからでしょ。

kaw********さん

2019/3/2117:37:25

幕府成立で、それまで開発すれば得られた土地が幕府の管理となり相続で分けるものが無くなったからです。

sai********さん

2019/3/2117:34:48

これは違うと思います。
別にその時の問題ではないと思います。
太古、農業は一人の農夫が切り盛りできる広さは限度があると思います。それで家族を養うわけです。
農夫が年老いて、働けなくなると息子が引き継ぎます。これは一人の農夫が一人の息子に引き継がせるのです。
それ以外の兄弟姉妹は結婚や土地の開墾でほかの土地に移動します。それが何度も続きます。そのうち、農夫でなくても一人の子供に相続をして、ほかの子供は他所に行くのです。
そうして、何代も積み重ねて、人間は地球のありとあらゆるところに存在するようになったのです。
さらに、長子相続は歴史的には部下・家来の多い仕事に集中します。つまり、人的管理や部下・家来の意見を聞く仕事です。
日本でも、商売や職人は「娘を生むことが一番だった」時代があります。番頭や職人の中で一番腕の立つ人を長女と結婚させたのです。

lai********さん

2019/3/2115:13:18

そうではなく、均分相続を続けると「家」そのものが消滅してしまうからです。
実は鎌倉時代までは、武家でも兄弟姉妹の数に応じた均分相続が普通でした。何と女子にも相続権があったのです。ところがその結果、財産(特に田畑)が細分化され、家が成り立たなくなってしまったのです。長子相続はこの財産細分化を防ぐために取り入れられたもので、敗戦後家制度が廃止するまで続きました。

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qta********さん

2019/3/2115:00:43

江戸時代の武家の習わしを制度化した「家」の仕組みです。

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