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なぜ「平将門の乱」で平将門を平貞盛が平定しちゃうんですか?

かいとさん

2019/3/2621:32:02

なぜ「平将門の乱」で平将門を平貞盛が平定しちゃうんですか?

平氏同士仲間ではないのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2019/3/2703:12:58

内戦の原因って、ほとんどが跡目争い、遺産相続争いであって、従兄弟、叔父甥、兄弟ってのがいちばん敵対しやすいんです。
嘘だと思ったら歴史を見てください、壬申の乱、応仁の乱、有名ななんとかの乱って、争ってるのはけっこう身内同士が多いでしょ。
赤の他人同士はあんまし争いません、なぜなら、奪い合うものがないから。
従兄弟同士の将門と貞盛は、平氏の先祖が開拓した板東の土地を、争い奪い合う関係なんです。その争いがこじれて暴発したのが、平将門の乱なんです、そもそも。身内の土地争いが発端なんです。
いちばんの敵は、身内です。それが「一所懸命」の武士の宿命みたいなもんです。

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ベストアンサー以外の回答

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shi********さん

2019/3/2710:43:46

勘違いされていることが多いが、

実は、平家同士とか源氏同士とか、繋がりや一体感はあまりないのだよ。

保元の乱や、平治の乱でも、

源平 vs 源平 の構図になっている。

で、頼朝に味方して、平家を倒した北条氏も平家だった、とされている。


よく、「平家の隠れ家」とか「平家の落ち武者」とか言われるが、80%はウソ、ということだね。

2019/3/2705:33:22

二人は従兄弟ですが、仲間ではありません。
戦国時代とは違い、他家の所領を奪い合う事はありませんが、同族間での所領争いはありました。
現代の骨肉の遺産争いの様なものです。

wkp********さん

2019/3/2702:20:23

平将門は、秩父8平氏の末裔であります。

この時代平氏は、関東の豪族として、広く根付いていた。
良将がなくなると、
平氏の一族で、土地の相続巡る争いがおき、
将門は、叔父を殺害し
争いに決着をつける。

そのあと、国衙を次々襲っていくため、
都から、殺した叔父の子平貞盛が討伐しに来たのです。

met********さん

2019/3/2700:59:45

別に源氏と平氏で民族紛争をしていたわけではありません。

このころ、坂東ではもう武士が家族単位で所領を経営する中世です。
古代は一門の誰かが出世するとみんなが余禄に与れる時代ですが、中世は分家ごとに各々所領をもって経済的に独立していました。

むしろ同門と言えども分家同士は所領の取り合いから敵味方になることが多かったのです。

平将門の場合もそうです。

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jun********さん

2019/3/2700:30:27

同族同士を競わせて、搾取するのが中央貴族たちの、
手口だからです。
官位を餌に、ライバルとして競わせて、
よりたくさんの富を献じさせようとしたわけです。

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