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人前で喋る時、声が震えてしまいます。 (以下長文になります。すみません。) ...

mah********さん

2019/4/923:21:36

人前で喋る時、声が震えてしまいます。
(以下長文になります。すみません。)

ですがこれは元々ではなく、高校生になってから始まりました。内気で積極的な性格ではありませんが、中学の頃は

全校生徒の前で英語のスピーチを何回かしました。
その時は何とも無かったのに、高校3年で部長を任され新入生に部活紹介をした時、声が震え出しました。終わった後、先生や後輩に「震えてたね」と何回か言われるほど上ずってとても聞くに耐えないような喋りでした。
当時そうなった原因としては、部活や勉学で思うように成績が伸びず、常に不安を抱え自信を無くしていたこと、また、部内に同学年が1人しかいなかった為、不本意ながら部長のポストについてしまった事が考えられます。

問題なのはそれ以来、発表や自己紹介の場面でみんなの前に立った時などに無意識に喉をしめ声が震えてしまい、思うように話せなくなってしまった事です。4月から大学生になりこれからプレゼンや発表が多くなるのに、このままではまともに喋る事が出来ません。どうしたら治るでしょうか?

高校での出来事、私の性格に問題があることは分かっているのですが、些細なことでもいいので改善方法を教えてくださると嬉しいです。

長くなってしまい申し訳ないです。最後まで読んで下さりありがとうございます。

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cba********さん

2019/4/923:36:08

1度失敗するとそれがトラウマになって、次同じ場面になるとまた同じ状態になるんだよね。焦らずに人に事情を話して、少人数の前で話す練習からやったほうがいい。親しい人ならできるし、大丈夫だから。成功体験を積み重ねたらトラウマも克服できる。時間や根気が必要だけど、治そうと思うなら頑張ってください。

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tum********さん

2019/4/1020:07:50

神経症を学んで下さい、神経症には様々な症状が在ります、そうしてそれらの症状には関連性はありませんが、神経症が発症する原因には共通点があります。

従って治る時には同じ事がきっかけで治って行きます。

発症するきっかけは『意識する事』が原因です。意識する自分と意識していない自分が争っている事が原因です。

神経症は『自分自身の心同士が相争っている事で発症しています。』

治る場合は、症状となっているものを治そうとしない場合だけです。治そうと意識する事で益々意識地獄が強化されています。

人間は悩む様に出来ています、貴方が自分自身の悩みを受容出来た時点が貴方の完治する時です。

神経症と、鈴木大拙博士の本で禅を学んで下さい、ヒントは、『自分自身を知れ!』です。貴方が悩みが深い理由は人間だからだと思います。人間として自分が分かるという意味は、悩みの原因の根源が理解出来たという意味です。

自分の苦しみの原因は、自分自身の中に存在しています。禅は詳しく語っています。

hm0********さん

2019/4/1010:11:04

こういう病気(神経症)を発症するのは、ほとんどが思春期になる、発達してきた自我が格好体裁とくっついて発症する
この病気は症状は多種多様だが、気にするから始まり「治す」努力で悪化して行く、この2つにより人生を落後して行く
思春期を過ぎて恰好体裁を気にしなくなっても、固定化された「治す」との一般人には不必要な努力と時間を使い落後は進む
一生続く場合も多いが、病気治癒には症状(声の震)の改善では無くて、気にする「治す」行為の改善(放棄)が重要となる

しかし医学の理解は壊滅的で、これに薬などを与えて、患者の気にする「治す」願望を増長させて悪化させる
患者のとるべき道はただ一つで、気にする「治す」努力の放棄のみで、簡単に治ってしまうのです
患者本人は社会的落後の状態から這い上がりたい一心で有り、気にする「治す」は思いつかないし、出来ないが
無理やりにでも、気にするを止めて「治す」努力を放棄した人は簡単に治って行く、なるも一日治るも一日です

kur********さん

2019/4/1007:37:36

先回りして色々考えられるタイプ?
今の状態で色々思うことがあるだろうけど、一旦全部忘れること。何も考えない。
思考って勝手に巡ってしまいがちで、どんどん理想が大きくなったり、見えない心配事(プレッシャー)が勝手に大きくなったりしがち。だから意識して一旦止めることが大事。

高校時代、部長である自分としてのことを色々考えて、勉学で自分の苦手を克服する、とか部活の自分の練習に思いっきり集中する、とか集中が困難だったりしませんでしたか?なかったなら、それが一番いいんですが。
声を出すも、ある意味集中。いやなことは何も考えなくていいんですよ。

自分で考え出した責任感とかプレッシャーに振り回されてしまうと、普段でも大事な時でも集中できなかったり力を発揮できなくなったりして、本当に勿体ないんですよ。力を発揮してる時って、体は力んでない。リラックスしてるんだよ。

大学進学おめでとうございます。
大学進学したけど高校時代に部長だった自分の思い出を、自分の中で次に成功する(達成感を味わうとか、いやな思いをしない)ための反省材料にまで、まだもっていけてないですよね?
辛かった思い出のままで止めてしまっていては、せっかくの経験がもったいないですよ。
当時の自分をしっかり反省材料にして、次に生かすってこと考えましょう。

反省材料にするために「気持ちを楽に」
そして当時のご自身への認識を改善してください。性格に問題がある、と自分が認識していることは間違いだ。と認識しなおしてあげることが第一歩かと思います。
次にあなたが当時、考え築き上げた責任感のある役割の部長というイメージと、自己イメージを一旦しっかり分離すること。
そしてまた来るべき時に向けて(何らかのポストに着くことはこの先また必ずきます。そういうものです)自己成長(集中)できる状態を、自分のために自分で作ると決意し実行していくことが必要だと思います。その方が楽だと思いますよ。

高3の頃のあなたは
・中学の頃より責任感を身につけた。
・自分に与えられた役割の重みを認識できるようになった。
ただこれだけのことで成長している証拠です。性格に問題はありません。問題なのは、当時の部長(責任感のある役割)のイメージが、あなたの中で大きく育ちすぎたこと。自己イメージが役割に追い付いていない、とあなた自身が思い、それに対して罪悪感を持って自分で自分を傷つけたこと。この考え方を、まだ引きずってしまっていることです。

・環境的に部長というポストにつける人があなた以外にいなかった。
・部活と勉学で成績を出し部長としての(あなたが思い描いた)役割を果たしたかったが、(あなたの思い描いた)成績が出せず、(あなたが思い描いた)部長としての自分へふがいない思いにかられた。

客観的に見るとこうです。
理解してほしいんですが、性格として責任感のない人は、今のあなたのような状態には絶対にならないんですよ。あなたの1つの美点でもあると認識し直してください。
大事なのはポストじゃないです。役割じゃないです。あなたが声を出しずらくなる必要はないです。
「気持ちを楽に」。
今後も結果を出すことを望むなら、結果を出したいものに対して集中することが必要になってきます。集中しやすい状態を自分で自分にきちんとつくってあげましょう。不安を自分でつくることをやめることです。集中とはリラックスの状態ですから、思い悩むより絶対、楽だよ。
たとえ結果が出なくても、出したいと思っていなかったとしても、反省材料だけは必ず手元に残りますから生かしてください。不安を上手に飼い慣らしてね。

長文失礼いたしました。

yuk********さん

2019/4/923:36:47

何かトラウマみたいな事でもあったんですか?もしくは、今まで部長という責任感が重い事をやって来なかったので緊張したんでしょうか。出来ないと自分を責め続けると辛さが増すばかりなので、出来ないから出来るようにするんだという考えに変えた方が楽になりますよ!いろいろ疲れていると思うので趣味など楽しい事をして気楽にいきましょう!

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