ここから本文です

南京事件について、、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと回...

aru********さん

2019/4/1323:04:37

南京事件について、、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと回答しておリます。これが政府の公式見解であれば、やはりこれは事実でしょうか。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/
日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。
先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。
こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で明確にしました。

閲覧数:
163
回答数:
10

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

poi********さん

2019/4/1420:18:03

滅茶苦茶な人がいるのでまかり越しましたが、質問者さんにも一言いいたいです。

>これが政府の公式見解であれば、やはりこれは事実でしょうか。

政府見解であるから事実だ。などと言う盲信はあってはなりません。重要な問題はご自身で究明してください。事実はただ存在するのみなんです。以下は適当な事を書いている人に対する反論です。

>日本軍はあくまでも民間人に偽装した共産党軍の殲滅しかしていません。

はあ?
南京に共産党の兵士なんて何人いたんでしょう。新説ですかね。
無知をさらけ出してはお話が続かないです。


>ユニフォームを着ていない共産党軍は単なるゲリラです。ゲリラはユニフォームを着た現地指揮官の判断で如何様にも処分できます。


ハーグ陸戦条約においてユニフォームなど必要とされていません、合印があれば交戦団体として良いとしています。
また「ゲリラなら如何様に処分できる」なんて条文などどこにもありません。
そして欺瞞的ゲリラ戦闘をした疑いがある敵に対しても、当然その嫌疑を暴く諮問なり簡易裁判なりの手続きが無ければ処断は出来ないとなっています。

知らない事をさも既成事実の様に語ってはいけませんよ。誤解が広がります。

>共産党軍は男女混在ですから。

だから共産党は華北なんですよ。南京に展開していたとする史料はありません。


>極東軍事裁判でも誰一人南京大虐殺の具体的な事は証言していない。

ベイツ・金陵大学教授 (宣教師、アメリカ人)、スマイス・金陵大学教授 (アメリカ人)らが証言をしています 自ら出廷し証言したのは、マギー牧師 (アメリカ人)、ウイルソン( 金陵大学付属鼓楼医院勤務、アメリカ人)ら、「安全区国際委員会」「国際赤十字委員会」の委員たちと。フィッチ (南京YMCA副委員長)、ダーディン (NYタイムズ記者)らもいます。

極東軍事裁判では南京以下中国戦線の暴虐行為を防げなかったとして、総司令官の松井大将が死刑になっていますが、この裁判は狭義の南京事件を裁くものではりません。
南京に関しては南京において軍事法廷が開かれ4名の日本人が死刑になっています。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/9件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

hek********さん

2019/4/1919:22:27

現代の東京でも、民間人の殺害が昨年度にあったことは否定できませんよ?

だからなんだというのでしょうか?
それは東京虐殺の証拠だとでもおっしゃるんですか?

人が数万人もいれば、そりゃそういった犯罪行為がなかったというのはあり得ない事でしょう。
ましてや戦時中をや、ですよ。

cel********さん

2019/4/1909:07:05

こうした、政治・外交上の利害が深くからむ話で、政府の公式見解がそうなら事実、って思って良いのだろうかねなぁ……?、って話はあるかとは思います。

が、政府の公式見解は、

非戦闘員の殺害や略奪行為等があったのは事実
しかし、
人数についてはコメントしない

です。

例えば、

第189回国会 文教科学委員会 第1号(平成27年12月11日金曜日)
質問者
日本共産党参議院議員 田村智子
政府参考人
外務省アジア大洋州局長 石兼公博

(元ネタは↓の国会議事録)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/189/0061/18912110061001a.ht...

~~

○田村智子君 この日本側の報告をまとめた二人の研究者は、御紹介あったとおり、現在の防衛省防衛研究所の研究員という立場でした。そういう方を含め、南京において日本軍による捕虜や市民などへの個別的、集団的な虐殺事件があった、強姦、略奪や放火が頻発したということは、日本の歴史学の共通の認識となっています。
殺害人数は、虐殺の定義、対象地域などの違いから説が分かれるが、学説中最も少ない二万人であったとしても、極めて深刻なこれは大虐殺だと言わなければなりません。こうした南京における虐殺事件は日本政府として痛切な反省をすべき対象だと考えていると思いますが、この点も確認をいたします。

○政府参考人(石兼公博君) 今御指摘のございました二万人という数字に言及しております日中歴史共同研究報告書に収められました論文は、学術研究の結果として執筆者個人の責任に基づき作成されたものであり、政府として個々の論文の具体的な記述についてコメントはしないという立場は先ほど申し上げたとおりでございます。
政府といたしましては、先ほど申し上げましたとおり、日本軍の南京入城の後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えておりますが、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えております。
さきの大戦に関する日本政府の認識について申し上げれば、本年八月十四日の内閣総理大臣談話の中で述べられているとおりでございます。

~~

これが政府の公式見解です。

一方、数はともかくも『なかった』と言う主張が困難なのは…

南京攻略戦に参加した第16師団の師団長の中島今朝吾がその日記の12月13日分に…

『大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたる共千五千一万の群集となれば之が武装を解除することすら出来ず唯彼等が全く戦意を失ひぞろぞろついて来るから安全なるものの之が一端掻擾せば始末に困るので』(以下略)

『此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず 一案としては百二百に分割したる後適当のけ処に誘きて処理する予定なり』

とか書いてます。元々捕虜はとらないつもりで、「戦意を失ってぞろぞろついてくる」降伏兵を、“片付ける”為には大きな穴が必要だが見つからない、なんて事を師団長(中将)が日記に書いています。(「南京戦史資料集 Ⅰ」(南京戦史編集委員会・偕行社・1989年所収)

これは命令を出す側(師団長)が日記に書いていた事ですが、命令を受けた側の証言もあって、元陸軍将校と陸上自衛隊将官の親睦団体である偕行社の機関紙「偕行」の1984年8月号の中の『証言による「南京戦史」(5)』には…

第16師団副官宮本四郎氏の遺稿より

『参謀長に指示をうけようとしたが、参謀長は即座に「捕虜はつくらん」と言われたので、後方参謀に話した。暫くすると、紺色の服をきた捕虜が、四列縦隊でゾロゾロやってきた』

児玉義雄氏(第16師団歩兵第30旅団歩兵第38連隊副官)の証言より

『連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」と電話で伝えられた。私はこれはとんでもないことだと、大きなショックを受けた。
師団長中島今朝吾将軍は豪快な将軍で好ましい御人柄と思っておりますが、この命令だけは何としても納得できないと思っております。参謀長以下参謀にも幾度か意見具申しましたが、採用するところとならず、その責任は私にもあると存じます。
部隊としては実に驚き、困却しましたが、命令やむを得ず、各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ報告はありませんでした。激戦の最中ですからご想像いただけるでしょう。』

独立攻城重砲兵第二大隊第一中隊観測班長砲兵中尉沢田正久氏の証言より

『敵は力尽き、白旗を掲げて正午頃投降してきました。
その行動は極めて整然としたもので、既に戦意は全くなく、取りあえず道路の下の田圃に集結させて、武装解除しました。多くの敵兵は胸に「首都防衛決死隊」の布片を縫い付けていました。
俘虜の数は約一万(戦場のことですから、正確には数えておりませんが、約八千以上おったと記憶します)でしたが、早速、軍司令部に報告したところ、「直ちに銃殺せよ」と言ってきたので拒否しましたら、「では中山門まで連れて来い」と命令されました。(以下略)』

とか書いてあります。

要するに、師団レベルで捕虜を殺す命令が『でた』事は、出す側も受けた側も認めている、って事です。

国立公文書館アジア歴史資料センターで「南京附近戦闘詳報 歩兵第33連隊」という軍内の公式報告が見られます(もし見たければ、↓のページにレファレンスコード:C11111198100を入れて、全44画像中の43画像目です)

https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/reference


そこには、俘虜(捕虜のこと)の数として、将校14、准士官、下士官、兵3,082という数が記載され、更に『俘虜は処断す』、(敵の遺棄死体の表のところに『十二月十三日の分は処決せし敗残兵を含む』と書いてあります。これって、捕虜を殺した、って意味以外に取れませんよね。俘虜は殺さなきゃ、死体にはなりませんからね。歩兵第33連隊は第16師団に属していました。

だから、師団レベルで捕虜殺害命令が出てそれが実行された、って事は全く疑いようがないです。

最後の戦闘詳報だけでも、捕虜の殺害の事実だけの根拠としては、充分です。こうした資料を公開しつつ、事実も一切コメントしない、って言うのは、政府としては、さすがになぁ…、って思いませんか…

もちろん、これは資料の一部に過ぎません。

だから、後は、殺したのは殺したが、それは不法殺害ではない、と言えるか、って事になります。これはこれで、ネットに転がっている、(原文を読んだ者からすると)よくて意図的な部分引用による意味の改竄、恐らくはそもそも自分で読まずにコピペしているだけがもろばれの、ナンちゃって国際法論はゴロゴロしています。

そっちまで行くと長くなりすぎるのでここまで…

xyz********さん

2019/4/1722:51:46

>これが政府の公式見解であれば、やはりこれは事実でしょうか。

虐殺派が毎度出してくるマンネリネタですが、これは「南京事件」を認めたものでないことは国会の答弁でわかります。

▼第189回国会 文教科学委員会 第1号(平成27年12月11日金曜日)
質問者
日本共産党参議院議員 田村智子

政府参考人
外務省アジア大洋州局長 石兼公博

質問者 田村智子
「犠牲者数については諸説あるが、南京大虐殺はあったかと聞かれれば否定できない、つまりはあったというのが政府の立場であるというふうに確認をいたします。」


政府参考人 石兼公博

「この日中歴史共同研究報告書に収められた論文は学術研究の結果として執筆者個人の責任に基づき作成されたものでございまして、政府として個々の論文の具体的記述についてコメントはしないとの立場でございます。」

共産党の「政府は南京大虐殺を認めているのか?」という主旨の質問に対して

政府は「コメントしない」としています。


これは当然のことです。

日本国憲法の23条学問に「自由は、これを保障する。」とある。

これは「学問的活動において外部からの介入や干渉を受けない自由」ですから、虐殺があったかなかったかというような歴史学の分野について政府が干渉して特定の説を認めるのは「憲法違反」ですから、絶対にできないのです。


ですから政府が「南京大虐殺」を認めたというのは「デマ」ですね。

日本は法治国家ですからね。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

hjx********さん

2019/4/1507:32:09

偕行社という元軍人の極めて愛国的な団体がある。
30万人虐殺が無かったことを証明するために、
偕行社は、会員のうち、南京へ「行った愛国者」から証言を求めた。
しかし、「行った愛国者」から「虐殺はあった」という証言が相次ぎ、研究担当者は、「3000~16000人、他に16000人ほどの民間人」という結論を出した。その通りに本も刊行した。
が、後に「行ってない人」によって、無理矢理、無かったことにされた。

自ら志願して陸軍軍人として戦い、戦後も愛国者として皇軍の名誉を重んじていた偕行社会員のうち「行った人」は「あった」としているのである。確実にあった。

sup********さん

2019/4/1507:04:59

「日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。」

殺害については言及してるが「虐殺」については一言も言及してない。
辞書で調べれば分かるが、殺害と虐殺は意味が異なる。
虐殺は辞書で「むごたらしい方法で殺すこと」という意味になってる。
では、「むごたらしい」の定義は何か?
実は、「むごたらしい」の定義はない。
何をもって「むごたらしい」のかは、客観的に証明できない。
すなわち、客観的ではなく主観的に決めることになる。
主観的だと絞殺、刺殺、銃殺、毒殺、撲殺、爆殺・・・何でも全てが「むごたらしい」と一方的に決めつけられる。
これなら、あらゆる殺害方法が「むごたらしい」になるため、殺害と虐殺の区別がなくなり、殺害=虐殺になってしまう。
殺害と虐殺が同義だというならば、進駐米兵による日本人殺害も全てが虐殺になるのではないか?
http://editor.fem.jp/blog/?p=1909

↑上記URLの内容を読んでほしい。
1945~52年の間に進駐米兵が3903人の日本人を殺害してる(交通事故も含むため全てが殺人事件ではない)が、殺害と虐殺が同義ならば、進駐米兵は虐殺をしたことになる。

そもそも日本政府は公式に虐殺の定義を明確にしていない。

しかも「非戦闘員」についてのみの言及であり、敗残兵、便衣兵、捕虜については一言も言及してない。つまり、「殺害があったことは否定できない」の対象は、あくまでも非戦闘員だけということ。審問の際に便衣兵(平服に着替えてた敗残兵)と一般人の選別で誤認があった可能性があるため、「否定できない」という曖昧な表現になってるのではないかと推察する。100%の確証を得て自信もって「やった」のであれば、「殺害した」と歯切れよく言及するはずだが。しかし、「否定できない」という曖昧な言及になってる。

さらに、誰がやったのか肝心の「主語」がない。
これだと誰が実行したのか不明確。
通常、事件は「いつ、どこで、誰が」というのを明確にしなければいけない。
いつ?→1937年
どこで?→南京城内
誰が?→????

南京城には日本軍以外にも支那軍(国民党軍)がいたし、外国人(安全区国際委員会や記者など)もいた。当然一般人(南京市民)もいた。嫌疑の対象者は日本軍だけではない。嫌疑者が日本軍だけというのは絶対にあり得ない。
南京城内での殺害は全て(100%)日本軍の犯行なのか?
リリー・アベックという外国人記者は、1937年11月の自身の日記で「南京に死体がそこらじゅうに転がってる」、「南京当局は死体の処理もせず放置してる」というようなことを書いてる。日本軍が南京市に進軍または南京城に突入する前から既に、南京には正体不明の死体が存在してた。この死体は明らかに日本軍の関与がない。この死体の死因は他殺なのか、病死なのか、事故死なのか、自殺なのか、はっきりとは分からない。しかし日本軍が到着する前から既に正体不明の死体があったことは間違いないし、もし他殺だとすれば、日本軍以外の第三者の犯行なのは確実だ。
「日本軍の南京入城後」といっても、既に正体不明の死体があるため、日本軍以外の第三者が関与した可能性があることは明白ではないか。
ゆえに、「日本軍の南京入城後・・・殺害があったことは否定できない」というのは、かならずしも日本軍の犯行とは断定できない。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる