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戦国武将で好きな人物はいますか?

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ID非公開さん

2019/4/1323:53:03

戦国武将で好きな人物はいますか?

たくさんのご返事頂けると幸いです。

補足ちなみに、私は石田三成、伊達政宗、武将ではないけど、土方歳三

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tom********さん

2019/4/1610:52:32

自分は、前田慶次でお願いします。

好きな理由は、一定の武勇があったことが伺えることと、教養に優れ顔が広いところですね

①教養

連歌・和歌・漢詩等の教養に優れ、連歌会に出席し、細川幽斎・九条植通・里村招巴等の一流の文化人達と交流があり、自身で連歌の興行を開催し、細川幽斎を招く事が出来ました。また、人脈を作るのにも長けており、宇都宮の特権商人庭林氏とも交流があったりします。

②武勇

慶次の部下が「心逞しく猛将」で「あまつさえ戦を好む」人物だと評価しています。

また、二次史料でも猛将扱いです。


・武勇の場数人の越えたる人なり(桑華字苑)

・驍勇な武将として知られていた(本藩歴譜)

・武功度々申すに及ばず(可観小説)

・武辺人の知りたる勇士なり(雑記)

・長谷堂の退却戦で「前田慶次利貞槍をとって敵を突き崩す」と上杉家の正史に記される。(出典:上杉家御年譜)

・畑谷城の合戦で首級28を取る(出典:関ヶ原軍記大成)

・武道の達人(津軽一統志)

因みに、教養については

・文学の素養が深く、漢詩や連歌を得意とした。(本藩歴譜)

・連歌を得意とする(前田氏系譜)

・学問、歌道、舞踊を得意とした「源氏物語」や「伊勢物語」の秘伝を受けた文武両道の士であった。(可観小説)

二次史料(後世の史料)は、鵜呑みに出来ないが何かしらの事実が含まれているかも?と言うものです。しかし、二次史料での「教養に優れていた」と言う慶次の評価は、今福匡氏の著書:「前田慶次 武家文人の謎と生涯」と言う研究書で連歌会に出席し当時の一流の文化人たちと交流があった事を明らかにした事から二次史料での教養に優れていた事は、事実だったと思います。二次史料とは言え、慶次の評価には事実が含まれていた事になるので、武勇面での評価も否定は出来ないと思います。

また、着用・所用には相応の武勇が求められた甲冑が現存しています。慶次所用の掬粋巧芸館所蔵の甲冑は、古式に作られており、根来塗に近い手法で作られた朱塗りで、明るめの赤色の赤備えになっています。甲冑の専門家が、皆朱槍と同じで通常の武者では着用出来ないと指摘しています。(上杉謙信・景勝と家中の武装より)あと、泉鏡花が旧蔵していた慶次所用の甲冑も赤備えです。

皆朱の槍は現存していませんが、柄が螺鈿の「螺鈿の槍」が現存しています。図録日本の甲冑武具事典によると武功の者や大将が用いたとあります。(名槍と名高い蜻蛉切も柄は螺鈿です)

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dou********さん

2019/4/1406:34:27

本願寺顕如様、徳川家康様、大谷吉継様、島左近様が好きです。

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