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幕内勝利数 (2019年3月場所終了現在) 1位 白鵬 1026勝 2位 魁皇 879勝...

kak********さん

2019/4/2219:38:57

幕内勝利数
(2019年3月場所終了現在)
1位
白鵬
1026勝

2位
魁皇
879勝

3位
千代の富士
807勝

4位
北の湖
804勝

5位
大鵬
746勝

6位
稀勢の里
714勝

7位

日馬富士
712勝

8位
武蔵丸
706勝

9位
貴乃花
701勝

10位
旭天鵬
697勝


初土俵以来のスピード幕内初優勝
(年6場所制が定着した1958年以後、
序ノ口から取った力士のみ)

1位
貴花田(後の貴乃花)・朝青龍
24場所

3位
照ノ富士
25場所

4位
曙・貴景勝
26場所
6位
武蔵丸
30場所

7位
若花田(後の三代目若乃花)
31場所

8位
白鵬
32場所

9位
琴欧洲
34場所

10位
千代大海
38場所


三役連続在位ランキング

1位
若の里
19場所連続

2位
魁皇・琴光喜・豪栄道
14場所連続

5位 御嶽海(継続中)
13場所連続





若貴フィーバーが起きて、現在よりも大相撲がブームだった時以降の力士が目立ちます。
理由として考えられるのは?

閲覧数:
55
回答数:
1

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ベストアンサーに選ばれた回答

jam********さん

2019/4/2501:17:35

まず1の理由としては、質問者様が触れている年6場所制、および15日間制が大きいと思います。

明治時代に同じ条件であったら、歳をとってから角界入りした太刀山は怪しいですが、明治なら常陸山、大正なら栃木山、昭和なら双葉山が更新していたかもしれません。

あと出羽一門の影響で「横綱は力のあるうちに身を引くべき」という美学が昭和の終わりまで生きていました。大鵬あたりはその気になれば、北の湖の台頭までもう少し優勝を上乗せできたと思います。

初土俵以降の幕内初優勝までの記録。

うーん、明確な理由を出すのは難しいですが、一つ考えられるのは中学力士がいなくなって、初土俵が高校生以上の年齢になったことですかね。ある程度力をつけてから土俵に上がる力士が増えたということですね。
北の湖は中学で幕下の土俵に上がってましたが、中学卒業後に初土俵なら記録を作っていたかもしれません。

連続三役

これは最も明確で、昔は「大関昇進の基準が今より甘かったことで、三役を続ける前に大関に昇進してしまう」ことがあると思います。
例えば、北葉山は8勝→9勝→11勝で大関昇進していますが、今の基準(3場所33勝、仮に協会が忖度しても31勝は必要と思われる)では間違いなく見送りです。先代若乃花、北の富士、玉乃島、琴桜と後の横綱になった力士も、大関昇進時は今の基準だったなら見送りだったでしょう。

仮の話ですが、北葉山が昇進せずに史実通りの星取でしたら、34年名古屋の新小結から37年九州場所の全休まで、都合21場所三役を継続していたことになります。(北葉山は以後に現在の基準でも大関になれる成績を上げてます)

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