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この前wikiをみていたら昔、内親王は普通結婚しないと書いてあったのですが、初め...

god********さん

2008/11/1516:53:32

この前wikiをみていたら昔、内親王は普通結婚しないと書いてあったのですが、初めから仏門に入らなかった内親王はなぜ結婚しなかったのですか? またまれに結婚する場合はどのような理由で結婚したのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

幸麿さん

編集あり2008/11/1600:15:48

鎌倉幕府以降、朝廷は政治の主権を握れないまま
徳川幕府崩壊まで待つことになります。
その間、生活が困窮していき、天皇の中には
即位後、最も重要な儀式である大嘗祭さえも
滞ってしまった天子様も居られました。。

その様な中で親王、内親王の存在は財政事情に於いて
憂慮すべきものだったのが実情です。。

ですから、親王でさえも東宮以外は門跡に入って
皇室の財政難を乗り越えるしかなかったのです。

内親王は五摂家、もしくは宮家のみにしか嫁す事が出来なかったので
そのときに摂家、宮家に釣り合う男子当主が居なければ、仏門に入る以外に
生きていく方法がなかったのです。。
また南北朝時代までは伊勢神宮の斎宮には未婚の
内親王・女王が就く事が儀式化されていたので
伊勢に下された内親王も多かったようです。

現在、斎宮は既に廃絶されましたが伊勢神宮祭主は
昭和天皇代四皇女だった順宮厚子内親王(池田厚子様)です。
その前が第三皇女の孝宮和子内親王(鷹司和子様)でした。

また江戸時代だけをみても、内親王で降嫁された方は
七代将軍・徳川家継と婚約段階のままで
終わられた五十宮も含めて14名しか居られません。。。

初めから仏門に入られなかった内親王方々も
その多くが20代で薨去されております。。

質問した人からのコメント

2008/11/19 23:08:00

詳しい解説ありがとうございます。とても参考になりました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

kam********さん

2008/11/1517:15:15

皇女の内でも、内親王宣下を受けた皇女は、格が高すぎて釣り合う相手がいない。

また、宮家が確立して来た時代でも、年頃の男性皇族がいない。

幕末には内親王に釣り合う宮家に男性がほとんどいなかった。

等の理由が考えられます。

明治天皇の内親王たちは、新しい宮家をそのために創立させて降嫁させています。

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