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【生物、遺伝子、歴史】なぜ平安時代と今では美人の価値観が違うのですか?

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ID非公開さん

2019/5/513:04:08

【生物、遺伝子、歴史】なぜ平安時代と今では美人の価値観が違うのですか?

僕は海外(遠い遺伝子)の人が来て、出産することでで日本の遺伝子のプール(表現が正しいかわからない)に海外の人の遺伝子が加やったらだと思います。

遠ければ遠いほど美人な人が産まれると聞いたので、、


間違ってたらご指摘お願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

pac********さん

2019/5/513:55:17

弥生時代から飛鳥・奈良時代ぐらいまでは断続的に大陸からの移民がありましたが、平安時代以降の日本においては遺伝子プールが大きく変化したという証拠はありません。美人の価値観は遺伝的な要因より文化的な要因の方が大きいです。平安時代と言わずとも、わずか30年前、バブル時代の頃の美人は太眉に肩パッドというのが定番でした。中央アジアのタジキスタンという国では太くてつながった眉が伝統的な美人の条件とされていますが、ソ連崩壊後の西側文化の流入に伴って細眉にする人も増えているそうです。価値観や美的感覚というものはかくも急速に変化しうるものです。日本における50年後、100年後の美人の条件がどういうものになるかは誰にも予測することができません。

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jhg********さん

2019/5/613:54:27

具体的に何を指しているのかはわかりません。

しかし、顔かたちが違ってくる要素の一つとして、頭示数があります。

はっきりと言えば、今の日本人より、鎌倉時代の日本人のほうが、はるかに目が大きく見えたでしょう、ということを言っています。

--------------------------------

「顔かたち」は、移民の流入(つまり混血)とは「無関係」、おそらく栄養状態についても「無関係」に、集団全体が、一定方向に、時間の経過とともに変化していくようです。

つまり、移民の流入が「0」であっても、日本民族全体が、ある周期(500~1000年)単位に、変化を繰り返しているように見えます。

例えば、頭示数、日本人(ヤマト人)の、古代からの変遷は、

短頭-->長頭(ビークは鎌倉時代)-->短頭(2002年短頭化停止)-->?

である。

日本では、古墳時代以降、長頭化が進行していき、最も長頭化したピークは鎌倉時代人で、平均値で75以下、頭示数60以下の、まさにスーパー長頭と呼ぶべき頭蓋も珍しくなく、世界でも有数の長頭集団であった事が分かっています。この特徴は鎌倉時代~江戸時代の日本人の多数派であった。

しかし逆に、鎌倉時代以降は、700年に渡って継続して短頭化が進行し、男性で頭示数80以上の短頭が現れるようになったのは20世紀に入ってからである。

最近、2002年頃から日本人の短頭化進行が止まったのではないかと言われるようになり、新聞報道もされています。

進行が止まったまま現在の短頭状態を保持するのか、先祖帰りで再度、例えばヨーロッパ北方人種のような長頭を目指すのか、それは誰にも分かりません。そもそもなぜ短頭化が進行し、なぜ止まったかを誰も正確には説明ができていません。つまりその原因はよくわかっていないということになります。

★同じ民族でも、頭示数は時間とともに変わる

↓日本人(ヤマト人)の、古代からの頭示数の変遷(赤線のところ)

具体的に何を指しているのかはわかりません。

しかし、顔かたちが違ってくる要素の一つとして、頭示数があります。...

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