ここから本文です

コキ100・101が登場したのは1988年頃だったと思いますが広島以西の運用があった場...

アバター

ID非公開さん

2019/5/1507:06:09

コキ100・101が登場したのは1988年頃だったと思いますが広島以西の運用があった場合、登場時は瀬野八の補機自動解放はどうしていたのでしょうか?

走行中に解放可能なようコキ104-10000番台が登場したのが1996年ですので、それまでは広島方面への運用はなかったのでしょうか?

閲覧数:
26
回答数:
2
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

tai********さん

2019/5/1521:00:45

ウイキペディアによると
コキ100系が運用している区間が拡大すると、山陽本線瀬野ー八本松間の補機対策としてコキ10000系のコキフ10000を編成の下関方に連結されてました。
コキ104-10000番台ができるとコキフ10000は引退しました。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

プロフィール画像

カテゴリマスター

qzp********さん

2019/5/1522:54:25

コキ101はコキ100と、コキ103はコキ102と4両1ユニット(コキ101ならコキ101-コキ100-コキ100-コキ101か1ユニットバス)を組んでます。そのためコキ101が誕生したときにはコキ101ユニットを6ユニットを連結した24両編成の固定編成で大コンテナターミナルを単純往復する高速貨物Aで運行をしてました。当時は24両固定の高速貨物Aは基本は東京ー大阪間だけだったため。瀬野八までコキ101は来てません。
コキ101系が入線するのは、1両単位で粗製出来るコキ104が誕生してからです。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる