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がんの標準治療推進者や学生たちの論文、データ至上主義というか科学信仰は一体ど...

nor********さん

2019/6/814:53:46

がんの標準治療推進者や学生たちの論文、データ至上主義というか科学信仰は一体どこからやってきているのでしょうか?

クリニックレベルで行われているがんの代替療法にエビデンスレベルの高いデータは基本的に望めないでしょう。

しかしエビデンスレベルの高いデータが現状ないからと言って、その治療に効果がないということにはならないでしょう。

ところがデータのエビデンスレベルが低かったり、取り方が、標準治療推進者の取る形式と異なっていたりすると、その時点で全否定が始まってしまうのです。

形式の整ったデータがあればほとんど手放しに信用し、説得力があるとなる。

しかし現時点でデータは十分にレベルの高い科学的証明がなされているとは言えずとも、その一応の結果や種々の状況を勘案すれば論理的には妥当だと思われる結論を述べても全く信じようとしません。

代替療法をほとんど全否定しているのは日本の医療関係者くらいのものでしょう。

標準治療推進者の論文、データ教への信仰が患者さんの病状改善の可能性を奪っているのは明らかではないですか?

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frx********さん

2019/6/1023:03:30

「データ至上主義というか科学信仰は一体どこからやってきているのでしょうか?」とありますが、医学が科学の一分野をなしている以上、科学的手法を無視するわけにはいきません。
科学以外に立脚する医学・医療は、シャーマンの呪術と同じで、「効くかもしれないが、理由がわからない」といったものにならざるをえません。

「エビデンスレベルの高いデータが現状ないからと言って、その治療に効果がないということにはならない」というのは確かにそのとおりですが、同程度に「治療に効果があるということにはならない」のです。

主流の治療法の場合、副作用も含めて「どのように効いて、どのように効かないか」がきちんと調べられているはずです。
患者側も、そうした裏付けを知らされた上で、どの治療法に任せるかを選ぶことができます。

一方、代替療法の場合、こうした裏付けがないか、あっても非常に少なく、かつ主観的であることが多いように思われます。
あるいはまた、患者側が持つ知識とかけ離れた理屈に基づいている、という場合もあるでしょう。

結論として、医療関係者にとっても患者にとっても、代替療法というものは基本的に「信用できない」ものになっているのだと思います。
というより、信頼度が低いものが代替療法と呼ばれる、と表現したほうが近いかもしれません。

将来的に、現在は代替療法と呼ばれるものが標準になる可能性はありますが、現時点ではそこまでに至っていないということでしょう。

  • 質問者

    nor********さん

    2019/6/1114:42:17

    効くかどうかわからないなら、効くかもしれないではないですか。患者はその可能性のかけたいのですと。科学的に証明された標準治療では10人中7人は助からないのですから。

    その可能性にかけようという患者の希望を奪って良いわけがないでしょう。しかし現実は、奪っているのです。

    理由が分からなくとも効けば良いのですよ。可能性があるなら患者は受けますよ。

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asc********さん

2019/6/818:32:45

https://www.jspm.ne.jp/guidelines/

このサイトの下のほうにあります、
補完代替医療をご参照ください。

全く否定はしておりませんよ。

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